巻七第二十話 経の二文字だけを忘れる小僧の話

巻七

巻7第20話 沙弥読法花経忘二字遂得悟語 第二十

今は昔、震旦の秦郡(南京)の東寺に一人の沙弥(しゃみ、小僧)が住んでいました。姓名は今も分かっていません。その小僧は法華経をはっきりと読誦することが出来ましたが、「薬草喩品」の「靉靆(あいたい)」の二文字だけは、教えても教えてもその都度忘れてしまうのです。

このようなことがもう千回にもなっていました。沙弥の師である僧は「お前は法華経をあんなにすらすらと読誦できるのに何故いつまでたっても靉靆のたった二文字が覚えられぬのだ」と言っては厳しく叱りつけていました。

その頃、夜、師僧が寝ていると夢に一人の僧が出て来て告げました。「沙弥が靉靆の字を覚えられないからと責めるものではありません。この沙弥は前生では、この寺の辺りの東の村に住んでいた女でした。法華経一部を読誦していましたが、その家に置かれていた法華経の薬草喩品の靉靆の二文字を紙魚(しみ、紙を食う虫)が食ってしまったのです。そのため、経の薬草喩品にはこの二文字がありませんでした。それによって、女は沙弥に転生した今も、法華経を習い受けても靉靆の二文字は覚えられず忘れてしまうのです。沙弥の転生前の女の姓名と法華経の経本は今もその場所にあります。信じられないと思うならそちらに行って見てみると良いでしょう」と教えたかと思うと師僧は夢から覚めました。

あくる朝、師僧は夢で聞いた東の村に行き、その家を尋ねて、主人に会うと「この家には供養するべき書物はありますか」と問いました。主人は「あります」と答えましたので、重ねて「それは経本ですか」と問いますと、主人は「法華経一部です」と答えました。師僧はそれを願い受け取って開いてみますと、夢で教えられたとおり、靉靆の二文字が欠落していました。

主人が言いますことには、「この経本は私の伯母のものです。早逝してしまった伯母が生前、肌身はなさず信仰していたものです」とのことでした。師僧がこれを聞いて、その人の亡くなってからの年を数えますと、十七年です。沙弥の生まれた年月を数えますとぴたりと合っていました。

これより後、沙弥は靉靆の二文字をも覚えられるようになったと、語り伝えられています。

【原文】

巻7第20話 沙弥読法花経忘二字遂得悟語 第二十
今昔物語集 巻7第20話 沙弥読法花経忘二字遂得悟語 第二十 今昔、震旦の秦郡の東寺に住する一人の沙弥有りけり。其の姓名、未だ詳らかならず。其の人、法花経を読誦する事明か也。但し、薬草喩品の靉靆の二字に至て、教ふるに随て忘れぬ。

【翻訳】 昔日香

【校正】 昔日香・草野真一

【解説】 昔日香

※薬草喩品…第五品(品は章という意味)。雨がどんな植物にも益をもたらすように、仏は衆生(人をふくめたあらゆる生)に恵みをもたらすと語る。

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お経というと敷居が高く感じられるかもしれません。しかし法華経には私たちが幸せに生きるヒントが沢山散りばめられています。ここでは章毎にざっくり学んでいきます。

※靉靆…雲がたなびく様子。薬草喩品には以下の記述がある
「慧雲、含、潤。
電光、晃、曜。
雷声、遠、震。
令、衆、悦、予。
日光、掩蔽、地上、清涼。
靉靆、垂、布、如、可、承攬。
其雨、普、等、四方、倶、下、流、澍
(慈悲深い雲は潤いを含み 雷光が光り 遠く雷鳴が響いて 人々を喜悦せしめ 日光を蔽い隠し 地上を清涼にし 雲は広げた布のように垂れ下がり 手を伸ばせば届きそうだ  その雨は普く等しく四方に降り注ぎ 倶に流れ下って 全ての地を等しく潤す)」

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