巻7第26話 震旦魏州刺史崔彦武知前生持法花語 第廿六
今は昔、震旦の隋の開皇の代(581年~600年)に、魏州の刺史(地方官)で、博陵郡の、崔の彦武という人がいました。
担当地域の見回りをしているとき、ある里に着くと、彦武は突然驚喜して、共に来ていた官吏を呼んで言いました。「私は昔、前世ではこの里に住んでいて、女人の体を持ち、人の妻でした。私は今、その家の場所を思い出したのです」
彦武は馬に乗った人を里に入れ、一つの家に行って門を叩かせました。
すると家の主人が出て来ました。老人でした。彦武はこの家にやって来た理由を告げ、門を入りましたので、主人は家の中に招き入れました。彦武は家に入ると上に登ってまず壁の上を見ました。地面から六、七尺ばかり(約1.8~2.1メートル)上がったところに壁の上が高くなっているところがあります。彦武はそれを見ると主人に語りました。
「私は昔、大事に読誦し奉っていたお経と、我が身に着けていた金の釵(かんざし)五隻(解説参照)をこの壁の高いところに隠しておいたのです。そのお経の七巻の最後の一枚は、誤って火で焼けてしまい、文字が消えていました。私はいつもこのお経を読み奉っていましたが、この第七巻の終わりの一枚の焼けてしまったところを書写しなければと思いながら、いつも家業を営む間に忘れてしまい、ついに書写しないままでした」
そしてすぐに人に壁に穴を開けさせ、中から経箱を取り出しました。真に第七巻の終わりの文字が焼け失せておりました。また、金の釵を見てみると、こちらもみな彦武の言った通りでした。
家の主人はこれを聞いて、彦武との縁を知らなかったので怪しんで、彦岳に何故そんなことを知ってるのかと問いました。彦武は答えました。
「あなたは、わかりませんか。私は、あなたの妻としてこの家におりました。お産で亡くなったのです」
主人はこれを聞いて、涙を流して嘆き悲しんで言いました。
「確かに、妻はこのお経を大切に読み奉っていました。また、釵も彼女のものです。あなた私の妻だったのですね。ただ、彼女は亡くなったとき、自分の髪を切っていました。その髪をどこかに隠してしまい、私には場所を教えてくれませんでした。あなたは私にその場所を教えてくださいますか」
彦武は寄って庭の前にある槐(エンジュ)を指して「私は産気づいたときに、自分の髪を切ってこの木の上にある穴の中に置きました。今でもあるでしょうか」と言って、「試しに木に昇って探させてみなさい」と言いました。直ちにそれに従って人をその木に昇らせ、穴の中を探らせたところ、その髪を取り出しました。主人はそれを見て、泣き悲しみました。
彦武は昔のことを主人に知らせた後に、互いに親愛の情を交わし、共に語り合う様子は以前の夫妻の姿、そのままのようでした。また、彦武は様々な財宝を主人に渡して、立ち去りました。
このことから思うに、生を隔てずに人界へと転生した人は、このように前世のことを知っているものなのです。これも偏に、法華経を読誦していたために、再び人間に生まれて、宿縁の厚さをあらわしたのでしょう、と語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※釵…古代中国のかんざしの一種で、二本足のもの。平安時代に日本に伝来したものの、当時の日本女性は束髪が主流であったため、廃れた。現在では、釵といえば、琉球武術の武器として知られている
※隻…船のみでなく、対になったものの片方や、珠玉などを数える際にも用いられる


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