巻七第二十七話 墓に咲いた蓮華の話

巻七

巻7第27話 震旦韋仲珪読誦法花経現瑞相語 第廿七

今は昔、震旦に韋の仲珪(いのちゅうけい)という人がいました。心根は正直で、父母に孝する心は最も深く、また兄弟を心から敬いましたので、郡里の人々は皆、仲珪をこの上なく可愛がっていました。

仲珪は十七の年に郡の下級役人になりました。その頃、仲珪の父は資陽郡というところの丞という役職についていたので、年老いてからもなかなか帰ってくることができませんでした。

武徳年間(618~626年)、父は病になってしまいました。仲珪は父の元へ通いつめ、一心に真心を込めてお世話をしました。父は長く患った後、ついに亡くなってしまいました。

その後、仲珪は妻子をあとに残して、亡き父の墓のある辺りに庵を作り、そこに篭って、ひたすら仏教を信仰して法華経を読誦し奉りました。昼は土を背負って父の墓を築き、夜は専ら法華経を読誦し奉って、亡き父の後世を弔っていました。誠を尽くし、三年が経っても家には戻りませんでした。

その頃、一匹の虎が夜、庵の前に来てうずくまり、仲珪が経を読むのを聞いて、なかなか立ち去ろうとはしませんでした。仲珪はこれを見て、恐れることもなく「私は悪い獣に立ち向かうことを願いません。虎よ、どういう訳でここに来たのですか」と言いました。これを聞くとすぐに虎は立ち去ってしまいました。

また、その翌朝に墓の周りを廻っていると、蓮華が七十二本生えていました。墓の前に行くに従って次第に真っ直ぐに生え連なっています。人がわざわざ手をかけてそのように植えたかのようでした。茎は赤く、花は紫で、直径五寸(約15センチメートル)です。色や光の妙なることは、他の花々とはまるで異なっていました。

隣の里の人がこの事を伝え聞き、見に来て、遠方、近隣の様々な人々にその様子を告げました。刺史(地方官)の辛君昌と、別駕(刺史を補佐する役職)の沈裕という人たちがこれを聞いて、墓まで来て蓮華を見ていると、すぐに一羽の鳥がやって来ました。鴨に似ています。鳥は一尺ばかり(約30センチメートル)の鯉を二匹嘴にくわえて飛んで来て、刺史・君昌の前まで来ると地面にその魚を置いて飛び去りました。君昌らはこれを見て「なんと驚くべきことだろうか」と目を丸くしました。そして、この蓮華を摘んで国王に奉納し、墓で起こったことを奏上しました。

「これもひとえに法華経の威力である」と言って、見聞きする人はみな褒め称え貴んだと語り伝えられています。

【原文】

巻7第27話 震旦韋仲珪読誦法花経現瑞相語 第廿七
今昔物語集 巻7第27話 震旦韋仲珪読誦法花経現瑞相語 第廿七 今昔、震旦に韋の仲珪と云ふ人有けり。心、正直にして、父母に孝する心、尤も深し。亦、兄弟を敬ふ心有り。然れば、郡里の人、皆、仲珪を哀ぶ事限無し。

【翻訳】 昔日香

【校正】 昔日香・草野真一

【解説】 昔日香

※丞…郡の守の補佐をする役職

※蓮華…仏教では、蓮や睡蓮の総称として使用される。泥の中から両手を広げたような形の美しい花を咲かせる特徴があることから、仏教のシンボルとして親しまれ、尊ばれた。蓮華として特に仏教と結びつきの深い花は、水底に根を張る抽水(ちゅうすい)植物の「蓮」や「睡蓮」が代表的であるが、蓮華と呼ばれる花には3種類ある。花の形や咲いている場所の特徴が似ているため混同されやすいが、それぞれ種類の異なる花である。

・蓮:まっすぐな茎が水面からさらに上へ伸び、水に当たらない位置で白、ピンク、黄色の花を咲かせる。穏やかで優雅な香りを放つ花は早朝に開き、数時間後には蕾になるのを数回繰り返し、3日程度で散る

・睡蓮:水面のすぐ上に花を咲かせるので、水の上に浮かんでいるように見える。花の形状は蓮に似ているが、花弁の形は蓮よりもやや細く、尖っている。
白、ピンク、黄色、紫色がある

・蓮華草:花弁の根元は白く、上に向かうに従って鮮やかな濃いピンク色へと変化する。
田畑を休ませる際に植えられることが多いが、花の形状が蓮と似ているため、蓮華と呼ばれるようになった

※別駕…別駕従事(べつがじゅうじ)または別駕従事史の略。中国の官位で、刺史の属吏の長官。刺史が視察の際に別の車に乗って従うことからこの官位名になった

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