巻7第29話 震旦都水使者蘇長妻持法花免難語 第廿九
今は昔、震旦の唐の時代に、河川や湖水に関することをつかさどった都水という役人の使者で、蘇長という人がいました。武徳年間(618~626年)に巴州(四川省)の刺史になりました。
蘇長は妻子、一族もろともにこの州に向かいましたが、嘉陵江の中流を船に乗って渡っていると、突風が吹いて船は沈没してしまいました。船に乗っていた60人あまりの男女は、いっぺんに水中に落ちて死んでしまいました。
そんな中、蘇長の妻ただ一人が生きて、水中に沈まずにいました。この妻はいつも法華経を大切に読誦していました。船が沈みかけ、水に落ちようというときも、この妻は法華経を丁寧にしまっている経箱を持ってきていましたので、急いで取って来て頭の上に戴き、強い決意で経箱と共に水に沈んだのです。
船が水中に沈んだとき、蘇長をはじめとして、船中の人は皆溺死してしまいましたが、この妻ただ一人が水中に沈まず、浪に運ばれて自然と岸にたどり着きました。また、その経箱も浮かんで出てきました。経箱を開けてみると、しまっておいた経はちっとも濡れも汚れもしていませんでした。
このことを見聞きした遠方、近隣問わずすべての人々が、法華経の威力は無益でも何でもないということを敬い、貴びました。
この経は今もなお揚州(江蘇省)に存在しています。妻は、別の人のもとに再び嫁ぎました。さらに法華経を篤く信心し、読誦し、恭しく礼拝し奉ったと語り伝えられています。
【原文】
巻7第29話 震旦都水使者蘇長妻持法花免難語 第廿九
今昔物語集 巻7第29話 震旦都水使者蘇長妻持法花免難語 第廿九 今昔、震旦の□の代に、都水の使者に、蘇長と云ふ人有けり。武徳の間に、巴州の刺史と為(なれ)り。 然れば、蘇長、妻子・眷属を相ひ具して、彼の州へ趣くに、嘉陵の江の中流を渡る間、俄に風出来て、既に船没しぬ。然れば、船に乗れる所の男女六十余人、一時に溺て...
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一

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