巻7第31話 為救馬写法花経免難人語 第卅一
今は昔、震旦の北斉の時代に一人の人がいました。姓は粱といって、その家は非常に富み栄えており、とても多くの財宝を持っていました。
この人がついに死に臨む時になって、妻子に言いました。「私はこれまでずっと、従者や馬を可愛がり、養ってきた。長らく従者を召し使い、馬に乗ってきたが、みな私の心に叶うものばかりだった。私が死んだら、従者や馬も殺してくれ。でなければ、私はあの世で何に乗り、誰を召し使うことが出来ようか」
この人がもう亡くなってしまうという時、家の人々は彼の遺言の通り、嚢に土を入れて、従者の上に押し乗せ、圧し殺しました。馬の方はまだ殺さずにいました。
すると、四日後にその従者はよみがえり、家人に言いました。
「私は殺されたとき、思いがけず、即座にとある役所の門に着きました。門前にいた人が私を留め置き、私はそこで一夜を明かしました。
明くる朝、亡くなったご主人に会いました。体は鎖で縛られ、いかめしい兵士たちに取り囲まれて、役所に連れて行かれようとしていましたが、私に気づいて言いました。
『私は死んでからも召し使う者が要ると思って、家の者どもにお前を殺すように言い置いていた。家の者は遺言に従ってお前を殺したのだが、今、私自らが苦を受けている。とてもお前を召し使うことなど出来ない。そこで、私は役人に申して、お前を生前の世界に戻してくれるように頼もうと思う』と仰り、そのまま役所に入って行かれました。
塀の外から内側の事の成り行きを覗き見ておりますと、役所の中の人が兵士に問うています。
『昨日、(この男から)油をしぼったか』
『八升(約1.6リットル)しぼりました』
『さっさと連れ帰って一斗六升(約3.2リットル)しぼりとれ』
兵士はご主人をふたたび外に連れ出しました。その時にはご主人は何も仰いませんでした。
また明くる日になりました。ご主人は嬉しそうなご様子で、私に『今回はおまえのことを申し上げるぞ』と仰せになりました。また覗き見ていますと、役人が兵士にたずねています。
『油をしぼりとったか』
『しぼりとることができませんでした』
役人がわけを聞くと、兵士が答えました。
『この人が死んで三日目に、家の人が僧侶を招いて斎会を催しました。経文が歌詠されるたび、家の鉄の梁が次々に折れ、しぼりとることができなくなりました』
役人は言いました。
『連れ去れ』
その時、ご主人は役人に『私の従者を免じてください』と言いました。役人はすぐに私を召し出し、『お前は罪がないため、免ずる。すぐに(現世に)帰れ』と言われました。ご主人と私は一緒に門を出ました。
ご主人は私に仰いました。
『すぐに帰って我が妻子にこのことを伝えよ。『お前たちの追善の力によって私は耐え難い苦を免れることが出来たが、まだ終わってはいない。すぐに心を尽くして法華経を書写し、仏像を造立して、私を苦から救ってくれ。さすれば苦から免れられよう。これから後、神を祭ることはしてはならない。それが私の罪を更に増すことになるのだ。とこのように伝えてくれ』その後私はご主人と分かれました」
よみがえった従者はこのように死後のことを詳しく語りました。家の人たちはこれを聞いていよいよ信仰心を深くし、その日にすぐ斎会を設え、家の財宝を費やして功徳を修し、一族一門で善根を営んだと語り伝えられています。
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一


コメント