巻7第32話 清斉寺玄渚為救道明写法花経語 第卅二
今は昔、震旦の隋の時代に、清斉寺という寺に、道明、玄緒という二人の僧が住んでいました。道明は先に亡くなってしまいました。
その後、玄緒がとある所へ行く途中に、一つの伽藍の辺りを行き過ぎますと、その寺の大門に、前に亡くなった同門の道明が立っていました。玄緒はこれを見て不思議に思い、近寄って道明に尋ねました。
「あなたは以前清斉寺に住んでいた道明ではありませんか」
「その通りです」
「もう随分前に亡くなったはずです」
「その通りですが、死んでからは、この寺に住んでいるのです」
玄緒がそれを聞いて「そんなことがあるのだろうか」と思う間にも、道明は玄緒を促して自らの住処に連れて行きます。玄緒は内心怖ろしく思いながらも、道明の誘いに乗って、道明とともに寺の中に入りました。大小さまざまのお堂があり、その後方には僧房などもありました。そのうちの一つの房に入って、互いに長年の積もる話をしていますと、日が沈んで夜になりました。
すると道明が言いました。「私は毎晩、この前にあるお堂で、少しばかりお勤めをしています。今夜もそこに行かねばなりません。夜明けには戻ってまいります。ただし、私がお堂に行っている間、決して覗いてはなりません」
道明は出かけていきました。
玄緒は「道明はああ言ったけれども、一体どんなことがあるというのだろうか」といぶかしく思って、こっそりそのお堂に行って、後ろの壁にある穴から覗いてみました。床に大勢の僧が伏していました。
背が高く、体の大きな童のすがたをした者が、何か入った大きな鍋を持ってやって来ました。ここにいる僧一人一人の前には大きな器が置いてありました。童が鍋の中のものを汲んで器に入れていくのを見ると、それは銅湯(銅を溶かした湯)でした。僧たちはみな、器になみなみと注がれた銅湯を飲み合うのですが、その辛そうに苦しむ様は凄まじいものでした。飲むに従って僧の体は赤くなり、光ります。みな苦しんでのたうち回り、乱れることは言葉にならないほどでした。
玄緒はこれを見て、房に戻り、そのまま居ますと、明け方に道明が戻ってきました。見るからに堪え難い様子でした。
玄緒は道明に言いました。
「見るなとは言われましたが、不審に思えてならないので、堂に行って壁の穴から中を覗き、あなた方のことをみな見てしまいました。とても堪え難い有り様でした。しかし、あなたは清斉寺に住んでいた時、戒律を厳しく守っており、破ったことがありませんでした。何の罪で、これほどの苦を受けなければならないのでしょうか」
道明は答えて言いました。
「あなたが言うように、私にはこれと指し示すような罪はありません。ただ、他の人の袈裟を染めようとして人から湯を沸かすための薪を一荷借りて、それを返せぬまま死んでしまったのです。私はその罪によってこの苦を受けています。私をこの苦から救うため、すぐ寺に帰って、法華経を書写し、供養し奉ってくれませんか。それを頼みたくてあなたを呼んだのです」
玄緒は清斉寺に帰って、哀れみの心を持って即座に法華経を書写し、道明のために供養し奉りました。
その後、玄緒の夢に道明が現れました。
「あなたが法華経を書写し、供養してくださったことで、私はあの苦から免れることができました。この恩は何度生まれ変わっても忘れません」
微笑んで帰っていったと見る間に夢から覚めました。
玄緒はその後、道明がいた寺を怪しく思って訪れました。尋ねてみましたが、僧は一人も住んでいませんでした。もともと荒れた地であったようです。玄緒は「道明が自らの苦を自分に知らせるために見せていたのだ」と思い至って、帰りました。
些細な罪でも受ける報いは非常に重く、法華経の力によることでしか、それから免れることはできないのだ、と語り伝えられています。
(第三十三話~第四十話 欠話)
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一

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