巻7第7話 震旦比丘読誦大品般若得天供養語 第七
今は昔、震旦(中国)の或る州に山寺が一つあって、一人の比丘(びく、僧侶のこと)が住んでいました。この比丘は大品般若経(般若経)を長年に渡って読誦し続けていました。
その間、いつも夜になると天人が比丘のところへお出でになり、天の甘露で供養してくださるのです。比丘はある時この甘露を受けて、天人に尋ねました。「天上界にも般若経はあるのでしょうか、それともないのでしょうか?」天人は「天上界にも般若経はある」とお答えになりました。すると比丘は問いました。「それならば、天上界にも般若経があるというのにどうしてこちらまでお出でになって供養してくださるのですか?」天人は「仏法を敬うために来ているのである。また、天上界では般若経は、諸々の天人が語り伝えた言葉だが、人間界の般若経はまさに御仏のお言葉を正しく証しているのだ。それによって、私はこちらに来て供養している」と答えました。
比丘は更に問います。「天上界には般若経を身から離さず深く信仰している者はいるのでしょうか、いかがですか?」天人は答えました。「天上界ではみな、楽しみに執着するので、身を離さず信仰する者はない。また、他の州にも、そこまで深く信仰する者はいない。けれども、この閻浮提(えんぶだい、解説参照)には、大乗(だいじょう)の根性(こんせい、解説参照)が熟しているため、多くの者が般若経を身から離さず深く信仰して、苦から離れることが出来る」
比丘はまた、「般若経を深く信仰している者を守護してくださる天人は貴方お一人なのでしょうか」と問いました。すると、「般若経を身から離さず深く信仰している者を守護する天人は一人どころか、八十億もいる。みな人間界に下りてきて、般若経を深く信仰している者を守護しており、般若経の一句でも聞く人のことを敬うことは御仏を敬い奉るかの如くである。だから、般若経を深く信仰する人が守護されず、あるいはその守護が怠れるなどということはない」と天人は答えたということです。
こういうことですから、「人が般若経を信心し、或いは読誦し、書写するところには、必ず天人が下りてきてくださって、守護してくださるのです」と知っていなければなりません、と語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※閻浮提…大元はインドの世界観から来ているが、仏教においては、須弥山(しゅみせん)の周りにある四州のうちの一つとされ、人間界を指す
※四州…須弥山の周囲の四海に浮かぶ四つの大陸からなる。即ち、南贍部(なんせんぶ)州・東勝身(とうしょうしん)州・西牛貨(さいごけ)州・北倶盧(ほっくる)州であり、上記の閻浮提とは、この内の南贍部州のこと
※大乗…仏教語で、すべての生きとし生けるものを救うという考え方
※根… 《〈梵〉indriyaの漢訳。元来の意味は力で、能生、増上の義》一般には5種の感覚機能または器官(眼,耳,鼻,舌,身)を意味し〈五根〉と総称する。仏教ではこれに意(あらゆる精神活動をつかさどる器官)を加えて〈六根〉とし、また〈仏教の教えを受ける者としての資質〉を意味することもある


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