巻7第9話 震旦宝室寺法蔵誦持金剛般若得活語 第九
今は昔、震旦(中国)の酈州(河南省内郷県東)に宝室寺という寺があり、そこに一人の僧がいました。名を法蔵といいます。
武徳二年(619年)という年の閏三月(旧暦、三月の次の月)に、法蔵は重い病にかかりました。二十日余り経った頃、にわかに青衣を着て美しく花を飾り、高楼の上に立っている一人の人を目にしました。手に経典を持っており、法蔵に告げました。「そなたは今、三宝(仏、法、僧)の物を不正に悪用している。その罪はこの上なく重い。私がこの手に持っているのは金剛般若経である。もしもこの経を自ら一巻でも書写して誠心誠意信仰すれば、そなたが一生の間に三宝の物を不正に悪用した罪を消滅させることが出来るであろう」法蔵はこれを聞くと、これまでの罪がことごとく消えて、すぐに病が治ってしまいました。
その後、法蔵は金剛般若経百部を書写して誠心誠意信仰し、読誦して、怠るということがありませんでした。そして法蔵は終に寿命を迎えて閻魔王の御前にまいりました。閻魔王は法蔵を見るとこのようにお訊きになりました。「法師よ、一生の間にどのような善業をおこなったか」法蔵は「私は仏像を造り、金剛般若経百部を書写して様々な人に転読していただきました。また、一切経八百巻を書写いたしました。昼であれ夜であれ、般若経を深く信仰することを怠ったことはございません」と答えました。
王はこれをお聞きになると、「師の造った功徳は大層大きく、人智を超えたものだ」と仰せになり、すぐさま使者を蔵へ行かせて、功徳の箱を御前に持って来させました。そして王みずからこの箱を開けて法蔵の功徳をお調べになると、法蔵の言葉と全く違うところはありませんでした。そこで王は法蔵をおほめになり、「師の功徳は真に驚くべきものである。すぐに師を放免し、人界に返すことにしよう」と宣いました。
法蔵は蘇生してのち、寺に居て様々な人を教化し、諸種の般若経を読誦しました。また、その他諸々の功徳を修めて、決して怠りませんでした。法蔵は病にかかることもなく長生きしましたが、やがて寿命を迎えれば、十方の浄土に生まれることができるでしょう。
このことは、法蔵が蘇生してから人に向かってこのように語ったのであると語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※金剛般若経…金剛般若波羅蜜多経。一切法無我の理を説く
※転読…祈願などのために多くの人で分担して大部分の経を読誦すること
※一切経…釈尊一代の教説および徳の高い僧の著述を集めた一大叢書
※十方浄土…東西南北及びその間(東南、西南、東北、西北)と上・下にまします諸仏の浄土。十方浄土に生まれることを十方往生、十方随願往生とも言う


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