巻九第十二話 寒空に何もつけずに臥した旅人の話

巻九

巻9第12話 朱百年為悲母脱寒夜衾語 第十二

今は昔、震旦の宋の時代に、朱百年という人がありました。幼少のころより孝養の心が深く、一心に父母につかえておりました。先に父が死し、母だけが家にありました。百年の家はとても貧しく、塵ほどの貯えもありませんでした。

ある日、百年は友とともにある人の家をたずねました。家の主は百年が来たので、饗を膳え、酒をふるまいました。百年は酒を呑んで深く酔い、家に帰ることができずにその家に泊まりました。

大寒のころでした。夜はとても冷え込みました。家の主は衾(布団)をとりだし、百年を覆ってくれました。百年が目覚めて見てみると、身の上に衾が覆ってあります。百年は思いました。
「自分が寒そうな様子をみて、家の主がかけてくれたのだ」
すぐに衾をはぎ捨てて、かけずに寝ました。

やがて家の主はふたたび百年が衾を脱いでいるのを見て問いました。
「君はなぜこんな寒い夜に、覆った衾を脱ぎ棄ててしまうのか」
「私は冷え込んだ今夜、旅にあります。あなたはそれを知っているからこそ、衾で私を覆ってくれるのでしょう。これはあなたのやさしさであり、私はとても嬉しく思っています。しかし私の母は、これほど寒い夜に、家で独り寝をしているのです。これを思うと、心が安まりません。なぜ、母が寒さにふるえているときに、衾に覆われ、暖かく休むことができるでしょうか」
家主はこれを聞くと、涙を流して泣き悲しみました。
「君の孝養の心の深さはすばらしいものだ。私は深く貴ぶ」

夜が明けると、百年は家に帰りました。母はこのことを知ると、また涙を流し、かぎりなく悲しみました。これを聞く人は、あらためて百年を讃めたと語り伝えられています。

【原文】

巻9第12話 朱百年為悲母脱寒夜衾語 第十二
今昔物語集 巻9第12話 朱百年為悲母脱寒夜衾語 第十二 今昔、震旦の□□代に、朱の百年と云ふ人有けり。幼稚の時より、孝養の心ろ深くして、専に父母に供給す。父、先に死して、母、独り家に有り。而るに、百年、家極て貧くして、一塵の貯へ無し。

【翻訳】 西村由紀子

【校正】 西村由紀子・草野真一

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今昔物語集 現代語訳

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