巻9第33話 震旦大史令傅奕行冥途語 第卅三
今は昔、震旦の唐の時代に大史令(たいしりょう)として、傅奕(ふやく)という人がありました。太原の人です。隋の末のころ、扶風(ふふう)について学び、幼少時から博識でした。天文・暦数をよく知り、聡明で論議も人に勝れておりました。
この人は仏法を信じませんでした。僧尼を敬いませんでした。石の仏像を見つけ、瓦に用いたこともあります。貞観十四年(640年)の秋、とつぜん病にかかり死にました。
傅奕は、仁均そして薩賾(さつさく)とともに大史令でありました。薩賾は仁均に銭五千を借りましたが、仁均は返済を受け取らずに亡くなってしまいました。薩賾の夢に、仁均があらわれ、生きているときのように語りました。薩賾は借りた銭について問いました。
「どうやって返したらいいだろう」
「泥人(でいじん。不詳)にあずけてくれ」
「泥人とは誰だ」
仁均は答えました。
「泥人とは、太史令(傅奕)のことだ」
この夜、少府監(役人)の馮長命(ひょうちょうめい)という人もまた、夢を見ました。同じように以前死んだ人があらわれました。長命は問いました。
「経に、罪福の報(善悪にはかならず報いがある)と説いている。本当かどうかわからない。これは本当か」
「事実だ」
さらに問いました。
「経は、傅奕のような人を罪だと説いている。仏法を信じない人だ。そういう人は死後、どうなるのか」
「罪福にはかならず報いがある」
そこで夢から覚めました。その後、傅奕は越州に配せられ、泥人となりました。
ある日、長命は役所で薩賾に出会い、つぶさに夢のことを語りました。薩賾もまた、泥人の事を話しました。同じ夜に二人の夢は一致していたのです。夢の内容に歎かずにはいられませんでした。
薩賾は銭を傅奕にわたしました。傅奕は夢のことを聞いて数日後、死んだと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 西村由紀子
【校正】 西村由紀子・草野真一

【協力】 いっちー








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