(①より続く)
巻9第36話 震旦眭仁蒨願知冥道事語 第卅六
大業(605-618)のはじめころ、岑之象(しんししょう)という人がありました。邯鄲(かんたん)の令(長官)です。その子に、文本という人がありました。未だ弱冠であったため、之象は仁蒨を呼び、文本に学問を教えさせました。仁蒨と文本はたがいに隔てる心のない師弟となりました。
仁蒨は文本に告げました。
「私は鬼を知っている。その鬼が私に語った。『私の存在を他人に教えてはならない』。だが、私と君は師弟として、深く親しい。秘密があっていいはずはない。鬼はこう言ったのだ。『鬼は満腹するということはない。だから常に餓えに苦しんでいる。だが、もし人間の食事を得られるならば、一度の食事で一年間、満腹を得ることができる。だからほとんどの鬼は、人の食事を盗もうとする。しかし、私には高い身分があり、気高い志がある。食事を盗むなどということはしない。君よ、私に食事を用意してくれないか』と」
文本はこれを聞くと言いました。
「私が鬼に食事を供与しましょう」
膳をもうけ、珍物をならべました。仁蒨は言いました。
「鬼は決して人の家には入ってこない。屋外の水辺に幕(テント)を張り、席をつくり、そこに酒食を用意しなさい」
文本は仁蒨の助言にしたがいました。
やがて、景が二人の客ともに来て座りました。百余騎の従者も席につきました。文本は席に向かって再拝し、食が粗末であることを謝したうえで「お納めください」と申しました。仁蒨もまた、同じことを申し、謝しました。
ところで、文本が食を用意しているとき、仁蒨は、金箔を贈りました。
「これは何ですか」
「鬼の用いるものは、人と異なることが多い。鬼はもっぱら黄金と絹を用いているから、これを贈った。金と絹はかわりのものでもよい。錫(なまり)を黄色に塗って金をつくり、紙を絹として用いてもかまわないのだ」
文本はこの教えに随って、金と絹に見えるものをつくりました。
景は自分の食事が終わると、騎馬の従者たちをかわりに座につかせて食事をさせました。文本は彼らに金の銭と糸絹を与えました。景はこれを深く喜び、謝して言いました。
「私はこのもてなしを決して忘れない」
笑顔とともに去りました。
(③に続く)
【原文】
【翻訳】 西村由紀子
【校正】 西村由紀子・草野真一
【解説】 草野真一
鬼と神
文中、「鬼」と表現しているところ、「神」と表現しているところ、「鬼神」としているところが混在している。基本的に景やその眷属(家来)を言っているので、同じ人を異なる呼び方で呼んでいるのだ。
鬼にせよ神にせよ、現代日本語で流通しているような意味では使われていない。あえて現代日本語で述べるならば「霊」「この世ならぬ者」となる。








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