(②より続く)
巻9第36話 震旦眭仁蒨願知冥道事語 第卅六
それから数年が経ちました。仁蒨は重い病にかかり、起きあがることもできないまま、月日をすごしました。仁蒨は(つきしたがっている従者の)鬼に問いました。
「これはどういう病ですか」
鬼はこれを知らず、主人の景に問いました。景は答えました。
「仁蒨の病の理由はわからない。翌月、太山で鬼神の集まりがある。そのとき子細をたずねることにしよう」
その日になりました。景はみずから仁蒨のもとにやってきました。
「このことをたずねました。あなたと同郷の趙という人が太山の主簿(事務官)となっています。主簿は一人欠けていますから、趙はあなたを勧めました。あなたを召し出すための文書が作成され、手続きがおこなわれています。そのため、あなたは煩っているのです。文書が完成したら、あなたは必ず死ぬことでしょう」
仁蒨は問いました。
「どうすればその計画から逃れることができるのですか」
景は答えました。
「あなたの寿命は六十余歳です。現在は四十歳、命はまだあるのです。しかし、かの趙主簿は、無理に召し出そうとしています。あなたが許されるよう、乞うてみようと思います。趙主簿は言っています。『私は仁蒨と同級生だった。たがいに深い恩がある。私は幸いに主簿になることができた。今、主簿の欠員ができ、冥府の長官はその人選をしている、私は仁蒨を推薦した。そのため、彼の命はもう長くない。死ぬだろう。ふつうに死んでも必ず官職を得られるわけではない。今は二十年の寿命を惜しみ、死を怖れるべきではない。文書ができれば、もう止められないだろう。私の好意を疑うべきではない』」
仁蒨はこれを聞いていよいよ恐怖し、病はますます重くなりました。景が仁蒨に言いました。
「趙主簿は必ずあなたを召そうとするでしょう。鬼を見たいならば、簡単に見られます。太山廟の東の陵に行って小嶺をひとつ越えると、平地があります。都です。そこに行けばよいのです」
仁蒨はこれを文本に語りました。
数日後、ふたたび景がやってきました。
「文本があなたのことを冥府に訴えようとしています。しおれがうまくいかないなら、仏像をつくりなさい。そうすれば、文書はたちどころに消え失せるでしょう」
仁蒨は文本にこれを告げました。文本はこれを聞くと、三千の銭をもって、堂の西の壁に一体の仏画を描かせました。
その後、ふたたび景が来て言いました。
「あなたは死を免れました」
仁蒨はこれを聞いても、信じることができませんでした。
「仏法は『三世の因果あり』と説いています。これは虚ですか実ですか(今世で助かっても来世以降で災いがあるのでは、と問うた)」
「実です」
「だとすれば、人は死ぬと六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六つの世界のいずれか)に生まれるでしょう。鬼となるのはどうしてですか。趙の武霊王や、あなたは、なぜ鬼となっているのですか」
景は聞きました。
「あなたの県に、家はいくつありますか」
「一万ほどです」
「そのうち、牢獄に収監されたのは何人ですか」
「二十人は満たないでしょう」
「一万ほどの家があって、五品(ごほん。五品以上は貴族)はどれほどありますか」
「五品の人はありません」
「では、九品以上の官はどれほどありますか」
「十人ほどです」
「六道とはそのようなものです。天を得る者は万に一人もありません。あなたの県に、五品の人がいないのと同じです。人を得る者は、万に数十はあります。あなたの県に、九品の人がいるのと同じです。地獄に行く者も、数十人ありますが、これはあなたの県に、獄に収監された者があるのと同じでしょう。鬼になる者、畜生に墜ちる者がもっとも多いのです。あなたの県の中に賦役(労働)を課せられている家が多いのと同じですす。鬼の世界にも差別があって、主人と従者があります。この数がもっとも多いのです」
仁蒨は問いました。
「鬼は死ぬことがあるのでしょうか」
景が答えました。
「あります」
「死んでからどうなるのですか」
「わかりません。人が死んだ後の事を知らないのと同じです」
「道家(道教)の章醮(しょうしょう、道教の宗教儀礼)は、役にたちますか」
景が答えました。
「道教の天帝(神)は、六道を統括しています。天曹ともいいます。閻羅王は、人の天子(王子)のようなものです。太山府君は尚書(大臣)です。わたしたちの国は、州や郡のようなものです。人間に罪がないならば、天曹は報告を受け、閻羅王に命じます。『その年月日をもって、報告を受けた。理を尽くして決まりどおり行え。無体なことはしないように』閻羅王は敬いつつこれを承り、決まりを実行します。人が詔を受けたときと同じです。道理をはずれていれば、罰を逃れることはできません。罪は必ず罰せられます。章醮
には意義があります」
仁蒨は聞きました。
「仏道に供養するのはどうでしょうか」
景が答えました。
「仏は大聖です。文書によって処分が下ることはありません。福(善根)を修する者を天帝も敬います。福厚き者(善根を積んだ者)は、たとえ文書で命が下されていたとしても、実行されることはありません。なぜかは知りません」
sぷ言い終えると、景は去りました。
仁蒨は一・二日のうちに起き上がり、やがて完全に癒えました。
貞観十六年(642年)九月八日、玄武門(唐の大明宮の北門)で文本が中書侍郎として、兄の大府卿や治書府の御史の馬周、給事の中韋琨などに語ったことを語り伝えています。
【原文】
【翻訳】 西村由紀子
【校正】 西村由紀子・草野真一
【解説】 草野真一
鬼と神
文中、「鬼」と表現しているところ、「神」と表現しているところ、「鬼神」としているところが混在している。基本的に景やその眷属(家来)を言っているので、同じ人を異なる呼び方で呼んでいるのだ。
鬼にせよ神にせよ、現代日本語で流通しているような意味では使われていない。あえて現代日本語で述べるならば「霊」「この世ならぬ者」となる。











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