巻9第8話 欧尚恋父死墓造菴居住語 第八
今は昔、震旦(中国)に、欧尚という人がありました。幼少の頃より孝養の心が深く、かぎりなく父母につくしていました。
父が死ぬと、欧尚は父の墓所に盧(庵)をつくり、朝暮に父を恋い悲しみました。
あるとき、一頭の虎が山から出でました。郷の人はこれをみると、あるいは桙を取り、あるいは弓箭(弓矢)をもって追い、虎を殺そうとしました。虎は追い詰められて逃げるところを失い、生きるために欧尚の盧に走り入りました。
欧尚はこれを見てかわいそうに思い、衣服を脱ぎ、虎にかぶせて隠しました。郷の人は虎を追いかけ、盧にやって来ました。あるいは桙で突こうとし、あるいは弓で射ようとしました。
「虎がこの盧に来ただろう」
「私は虎を隠してはいません。虎は悪い獣です。虎を見たなら、私も共に殺すでしょう。どうして虎を隠すことなどあるでしょうか。虎はこの盧に来ていません」
これを聞いて、郷の人たちはみな帰り去りました。
日暮になりました。虎は盧を出て、山に入りました。虎はこの恩を決して忘れず、欧尚の盧に、何度も死んだ鹿を持って来ました。やがて、欧尚は富貴の身となりました。欧尚は思いました。
「これは孝養の心が深かったからだ。また、害されようとする生命を助けたからだ。それゆえ、天が富を授けてくれたのだ」
父母に孝養することは、天のあわれむところです。また、天は不孝の人を憎みます。人がもし生命を奪われそうなときには、必ず助け救うべきである。そう語り伝えられています。
【原文】
巻9第8話 欧尚恋父死墓造菴居住語 第八
今昔物語集 巻9第8話 欧尚恋父死墓造菴居住語 第八 今昔、震旦の□□欧尚と言ふ人有けり。幼少の時より、孝養の心深して、父母に奉仕する事限無し。 其の父、死して後、欧尚、父の墓所に盧を造て、朝暮に父を恋悲む。
【翻訳】 西村由紀子
【校正】 西村由紀子・草野真一

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