巻10第30話 漢武帝蘇武遣胡塞語 第三十
今は昔、漢の武帝の御代に、蘇武(前漢の武将)という人がありました。
帝が□によってこの人を胡塞(こさい、解説参照)にお遣わしになりましたが、長らく帰還が叶わず、何年もその地に留まったままになっていました。そこで、また衛律という人がかの地に行きました。衛律はそこに行き着くやいなや、そこにいる人に先ず「蘇武は生きているのか、それとも死んだのか」と問いただしました。その地の人は、蘇武が生きているのを隠そうとたくらんで、「蘇武殿はすぐに亡くなられました。もう何年も前のことです」と答えました。
これを聞いた衛律は「隠そうとして嘘を吐いているのだな」と察してこう言いました。
「蘇武は死んでなどいない。まだ生きているはずだ。この秋、雁の脚に文(ふみ、手紙)を結びつけ、蘇武が帝に密書を送り奉ったのだ。雁が王城に飛んできたので、その書を帝に奉じたところ、帝はその書をご覧になって、蘇武が今なお生きていると思し召しになったのだ。隠し事をするのはためにならないぞ」と言いましたところ、その人は確かに隠し事をしていたため、「これは隠したところで良いことはない」と思い、「実は、仰るとおりまだ死んではおりません。生きておいでです」と言って、蘇武を衛律に引き会わせました。
「雁の足に文をつけた」という衛律の言葉は偽りでありました。しかし、それによって蘇武が出て来ることができたので、世間の人々はこれを聞いて、衛律を讃めちぎりました。
事と次第によっては、嘘を吐くこともあるはずです。その点、衛律の虚言は賢明なものであったと、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香・草野真一
※胡塞…胡の城塞。胡とは差別的に夷狄(いてき)と呼ばれた北方遊牧民族国家の総称。ここでは匈奴。
胡を塞外とも呼ぶが、この場合の「塞」は漢の塞、すなわち万里の長城をさす。「長城の外側」の意。
漢籍に伝えられるこの話に衛律はいっさい登場せず、なぜこれが衛律の話とされたかは謎だ。
したがっていつの話なのかも判然としないが、かりにこの話が冒頭の記述のとおり武帝の時代のできごととすれば、蘇武の帰国はずっと後のことになる。蘇武は武帝が崩御し、漢の外交政策が敵対から友好に変わったために帰国することができたからだ。蘇武は19年を匈奴ですごしている。
蘇武は中島敦の傑作『李陵』で印象的に描かれた。









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