巻十第一話 偉大なる帝(始皇帝と秦①)

第十

巻10第1話 秦始皇在咸陽宮政世語 第一

今は昔、震旦(中国)の秦の時代、始という皇帝がありました。賢い智恵と勇猛な心をもって政治をおこない、国内に随わぬ者はありませんでした。少しでも意見が異なる者があった場合には、その首を切り、手足を落としました。風になびく草のように、逆らう人はありませんでした。

皇帝は咸陽宮という宮をつくり、都城としました。その東に函谷関という関がありました。函(はこ)のへこんだ部分のようになっているので、函谷関と呼びました。

都城の北に、高い山を築きました。胡国(北方)と震旦の間を隔てる山です。胡国の侵入を防ぐためでした。震旦の方は、普通の山のように、人々が登って遊びました。登頂して胡国の方を見ると、すべてを見渡すことができ、隠れるところはありません。胡国の方は、高くまっすぐで、壁のようになっていました。登ることはできません。山は東西千里にわたって広がっていました。雲と等しいほどの高さを持っていました。雁が渡るとき、この山が高すぎて、飛び超えることができません。山に雁が通る穴を開け、雁はそこを通りました。これが習いとなって、雁は山のない虚空であっても一列になって飛ぶようになりました。(万里の長城

万里の長城(明代)

皇帝は「私の子孫が継いで国を治めるべきである。他の者は統治を許さぬ」と命じました。また、自分の父親より以前に取り決められたことをすべて排し、自分が独自に決めたことで政治をおこないました。古い書籍を集めてすべて焼き、自分がつくった書籍を広め、世に留め置こうとしました。孔子の弟子たちは書籍を守るため、ひそかに隠し、壁に塗り籠めて留め置きました。(焚書坑儒

始皇帝には、寵愛する一頭の馬がありました。左驂馬(ささんま)といいます。体は龍のようでした。朝暮に愛し飼っているとき、始皇帝は夢をみました。左驂馬を海に連れて行って洗っていると、高大魚(大鮫魚)という巨大な魚がとつぜん大海より現れて、左驂馬を食いつき、海にひきいれました。始皇帝はかぎりなく不思議に思いました。

「私が宝として愛し、飼っている馬を、食うとはなにごとか」
大いに怒り、国内に宣旨を下しました。
「大海に高大魚という大魚がある。この魚を射殺した者には、欲しいだけの賞を与える」

人々はこの宣旨を聞き、船に乗って大海に出て、はるか沖に漕ぎ出ました。ついに高大魚を見つけたのですが、射ることはできませんでした。帰って申し上げました。
「大海に出て、高大魚を探しあてましたが、射ることはできませんでした。竜王がさまたげたからです」

始皇帝はこれを聞くと、高大魚はひとまず置き、まず我が身の恐れを除くことししました。方士(徐福といわれる)に言いました。
「すみやかに蓬莱の山に行き、不死薬をとってこい。蓬莱を見た者はないが、昔より今に至るまで、世に言い伝えられている。早く行け」

不死の妙薬を求めて出航した徐福の船(歌川国芳)

方士はこれを承り、蓬莱に行きました。数か月後、戻ってきて皇帝に申し上げました。
「蓬莱に行くのは難しいことではありません。しかし、大海には高大魚がいます。これが恐ろしいため、蓬莱に着くことができません」
始皇帝はこれを聞いて言いました。
「高大魚は私に対して、なにかにつけて悪をなす。かならず射ち殺す」
しかし、宣を下しても、行って射ようという者はありませんでした。

「私自身が大海に出て、みずから高大魚を探しだし、射ち殺す」
始皇帝はみずから船に乗り、はるか大海に出ました。高大魚を見つけだすことができました。箭(矢)で射って殺しました。

に続く)

【原文】

巻10第1話 秦始皇在咸陽宮政世語 第一
今昔物語集 巻10第1話 秦始皇在咸陽宮政世語 第一 今昔、震旦の秦の世に、始皇と云ふ国王在けり。智(さと)り賢く、心武くして、世を政(まつりごち)ければ、国の内に随はぬ者無し。少しも我が心に違ふ者有らば、其の頸を取り、足手を切る。然れば、皆人、風に靡く草の如き也。

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

今昔物語集には歴史書としての側面があり、聖徳太子を起点とし、平安後期まで(正確には前九年の役まで)の日本の歴史を記している。巻十はその中国版で、元ネタは『史記』など。中国史は始皇帝(紀元前259年~紀元前210年)からはじまる。

『史記・秦始皇本紀』

インド(天竺)については五巻がついやされているが、歴史はほとんど記されていない。おそらく、適当な史書がなかったからだろう。インドの人は、十年も百年も変わらないと考える。よく言えば時間を超越した、悪く言えばおおざっぱな考え方が浸透しているのだ。したがって史書はないに等しい。釈迦は生年も没年も不明だが、なんとなく紀元前5世紀ぐらいの人だと考えられている。これでも、比較的わかっている方だ。インドにはもっとプロフィールのわからない偉人がたくさんある。

始皇帝については、『キングダム』に描かれたりしているので、よくご存じの方も多いだろう。

第十
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今昔物語集 現代語訳

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