巻10第32話 震旦盗人入国王倉盗財殺父語 第卅二
今は昔、震旦の□の時代に、国王の財宝を保管する大きな蔵がありました。
その蔵に、財宝を盗もうと二人の盗人が入りました。この二人は親子でした。父親が蔵の中で財宝を取り出し、子は外に立って父親が出してきた財宝を受け取っていました。
そうしている間に、蔵の番人が近付いて来ました。外に立っていた子はその気配を察して、考えました。「番人が来ても自分は捕まることなく逃げおおせるだろう。しかし、蔵の中にいる父親は逃げようにも逃げられまい。必ずや捕まってしまうに違いない。父親が生き恥をさらすのを見るよりは、この手で父親を殺し、誰だか分からないようにしてしまうに越したことはない」そこで子は蔵に近寄り、「番人がすぐ近くまで来ているようだ。どうする」と言いました。父親がこれを聞いて「どこだ。どこにいる」と言いながら蔵の中から頭を指し出したところ、子は太刀でその頸を斬りおとし、持って逃げ去りました。
その後すぐ、蔵の番人たちが蔵の前にやって来ました。見ると、蔵の扉が破られています。「さては誰か侵入したのか」と思い、驚いて大急ぎで蔵の上に登ってみると、蔵の中には大量の血が流れていました。訝しく思って更に辺りを見回すと、頭を斬り落とされた死人がありました。また、多くの財宝が奪い去られていました。
そこでこのことを国王に申し上げました。すると、国王は「蔵の中にあったという頭の無い死人は蔵に侵入した盗人である。この盗人は親子であって、父親が蔵の中から財宝を取り出し、子が外に立ってそれを受け取っていたところ、人が来る気配があった。父親が蔵の中から逃げ出そうとすれば見つかって捕らえられてしまうはずであったが、父親の素性を明かすまいとして子が父親の頸を取って逃げたに違いない」とお気付きになりました。
元々この国では、親が亡くなった場合、日の良し悪しを問わず、三日の内に必ず葬るという習わしがありました。そこで、その頸のない死人を蔵から出して道の辻に放置し、密かに人を派遣して見張らせておきました。
この盗人は、「我が父を蔵から出して辻に置いているな」と見て、「これは必ずや人を付けて見張らせているだろう」と考えました。そこでその日の晩方になると、用心に、人が簡単に酔ってしまうような強いお酒を買ってたくさん瓶に入れ、肴を付けて、自分は扮装をしてこの酒と肴を持ち、死人の置かれた辺りを何気ない風で通りかかりました。見張りの者共は一日中休む間もなく見張りをしていたために疲れ、とてもお腹が空いていたので、この酒と肴を持った人が通りかかったのを幸いと奪い取り、酒をごくごくと飲んでしまいました。
その後、この盗人は慎重に、よく乾いて、少しでも火に近付ければあっという間に燃えてしまいそうな木を選んで車に積み、牛に引かせて持っていく途中であの死人の置かれた辺りを通るときに、暗くて誤ったと見せかけて積んでいた木を死人の上にざっと被せかけました。そうして、「なんてことだ。大変な失敗をしてしまった。すぐに人を呼んで取りに来させよう」と言ってそのまま棄て去りました。
見張りの者共は、すっかり酔っ払って、仰向けになって寝入ってしまい、このことを何も知りませんでした。男は火を持ってきて、誰にも見咎められることなく、死人の側を火を打ち振りながら通り過ぎるときにその火を薪の山の上に放りました。こうして、見張りの者共が眠り込んで気づかないうちに、死人は焼かれてしまいました。
見張りの者共が酔いから醒めてみると、見張っていたはずの死人はどこにもなく、灰が残っているだけでした。「我らはこのことを咎められ、頸を斬られてしまうに違いない」と怖じけ迷いましたが、どうにも仕方なく、国王にこの旨を申し上げましたところ、国王は見張りの者共をお咎めにならず、「この盗人はなんと利口な者よ」と仰せになりました。
さて、またこの国の風習として、昔から父母を葬ったら三日以内に沐浴することになっている河がありました。国王は「奴は必ずや三日以内にこの河で沐浴しようとするはずだ。今日から三日の間にこの河で沐浴する者があれば必ず捕らえてまいれ」と宣旨をくだされました。また、「人が見張っていると思えば沐浴しないに違いない。そこで、捕縛兵は遠方に配置し、若い女を一人河の辺りに置いて見張りをさせよ。油断して出て来て沐浴する者があれば女の通告によって周囲を囲み、捕らえるのだ」と命じました。
そこで女一人を河の辺りに置いて見張らせていたところ、一人の男がやって来てこの女を口説き落とし、その場でことに及びました。その後男は起き上がり、「ああ、暑くてたまらん。ちょっと汗を流してくる」と言って河に下りて水浴し、上がってきてからまた、この女と何度も契りました。そして、「また会おう」と女と固く約束して、去りました。
女は「この人はただ汗を流すために水を浴びただけでしょう」と思ったので誰にも告げず、三日間が過ぎました。国王が捕縛兵に「どうであったか」と問いましたところ、「沐浴した者はありませんでした」との答えがあったため、国王は「そんなおかしなことがあるだろうか」と思い、見張りの女を問い詰めました。すると女は申しました。「沐浴のために来たものはありませんでした。ただ、一人の男の方が来て、私と夫婦の契をする約束をし、共に臥した後、『暑くてたまらん。汗を流してくる』と言って河に下り、上がってきてから去るときに『また会おう』と申して去りました。私はその人が沐浴のためにわざと河に入ったのだとは思いませんでした」
国王はこれをお聞きになり、「まさにその男に違いない。その男の謀にことごとく負けるとは、なんとも悔しいことだ」と、その女を閉じ込めて他の男にも嫁がせずに置きました。「もしかするとその男の子を身篭っているかもしれぬ」と考えたためです。
国王のお考え通り、女は身篭っていました。国王はこの知らせに大喜びなさいました。月が満ちて、子どもが生まれました。昔から、自分の子が生まれたら、父親は「この子が我が子だ」とは知らなくとも、三日以内にその子に口づけると言い習わされていました。そこで、この女が子を生んだら、その子に口づけた者を捕らえようと、そのためにこの女を他の男に嫁がせずに置いたのでした。
生まれた子を母に抱かせて市に出掛けさせました。「もし男が出て来てこの子に口づけたら、必ず捕えるように」と命じて見張らせていましたが、やはりやって来て子に口づけた男はありませんでした。
そのとき、一人の餅屋の男が近づいてきました。この子を見て「やぁ、なんて可愛い子だろう。よし、この餅を食べさせてやろう」と言って、自分で餅を噛んで柔らかくして、それを子に口移しで食べさせました。なので、母も「ただ私の子を可愛く思って食べさせてくれたのだろう」と思い、それを止めませんでした。周りの見張りたちも同じように考えて捕まえませんでした。その上、母も、餅屋の男に見覚えがなかったのです。
国王がまた首尾をお尋ねになりますと、「口づけた者がなかったので捕らえられませんでした。ただ、この子を可愛がって、餅を噛んで柔らかくして、この子に口移しで与えた餅屋がおりました」とのことでした。国王はこれを聞くと、またも男の策にやられたと悔しがりましたが、今となっては他に打てる手もなく、この盗人を捕らえることを諦めました。
その後、幾年月か経ったとき、隣国で戦が起こり、「その国の王が素性の分からぬ者に討たれ、その男が即位した」との話が国王の耳に入りました。その男が王を討った策略は普通ならとても思いつかないようなものだ、と考えていましたところ、まさにその隣国の新しい王から、「貴国の王の娘を后として貰い受けたい」との申し入れがありました。国王はすぐにその申し出を受け、日を決めて会わせることにしました。
その日になり、隣国の新王は数知れぬ大軍を引き連れて国境を越えてやって来ました。この国でも、婚礼の準備は大層大掛かりなものでした。娘を美しく着飾らせて婚礼の儀式をつつがなく執り行いました。
それから三日後、隣国の王が后を伴って帰国しようとしていたとき、舅となったこの国の王が会いに来て、世間話のついでのような振りをして聟である隣国の王の側に寄り、忍び声で言いました。「あなたは、何年か前に我が蔵に忍び込んで財宝を盗みとった人ではないか。あなたの並々ならぬ知恵を聞いているうち、『きっとこの人に違いない』と思ったのだ。ゆめゆめ隠したもうな」すると聟の王はそれを聞いてにっこり微笑み、「確かに。それは私です。しかし、昔のことですから、それ以上は仰ってくださいますな」と言って、后を伴って帰国し、暮らしました。舅の王は「何という奴だ。完全に負けた。あげく娘まで嫁がせてしまった」と悔しがりましたが、隣国は後年にいたっても他国に侮られることもありませんでした。聟の王の人徳のためであろうと、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一










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