巻十第九話 孔子の問答の話

第十

巻10第9話 臣下孔子道行値童子問申語 第九

今は昔、震旦の周の時代(前1046~前256年)に、魯の孔丘という人がいました。この人の父は叔梁といい、また母は顔氏の家系の人です。この孔丘は孔子として世に広く知られたその人です。身の丈は九尺六寸(約192センチメートル)余りもあり、非常に聡明で物事の道理をよくわきまえた人でした。

幼い頃は老子の下で学問を習いましたが、その意を理解しないということはなく、成長して後には様々な才能を発揮して、弟子の数も多くありました。役所に仕えて政を正したり、私人として人のところへ出向いて教えたりしていましたが、何をするにしても精通していたため、国中の人が彼を尊敬して、この上なく貴んでいました。

さて、ある時孔子が車で道を行きますと、その道に七歳ほどの子どもが三人いて、遊んでいました。その中の一人はただ遊んでいるというのではなく、道に向かって、土でお城を作っていました。孔子がその側にまで来て、「お前たち、早く道をあけて車を通してくれないか」と言いますと、その子は笑って言いました。「車を避けるお城など聞いたことがありません。お城を避ける車ならよく聞きますが」孔子はこれを聞くと、車にこの城を避けて通らせました。

孔子はこの子に「お前の姓名は何という」と問いましたところ、子は「姓は長です。私はまだ八歳なので字名はついていません」と答えました。孔子は尋ねました。「お前は知っているかな。どんな木には枝がないか。どんな牛には仔牛がいないか。どんな馬には仔馬がいないか。どんな男には妻がないか。どんな女には夫がないか。どんな山には石がなく、どんな水には魚がおらず、どんな人には字名がないか」

その子はすらすらと答えました。「枯木には枝はありません。土でできた牛には仔牛はありません。木馬には仔馬はありません。仙人には妻はなく、天女には夫がありません。大山には石がなく、井戸の水に魚はおらず、子どもには字名はありませんよ」孔子はこれを聞くと、この子は只者ではないとお思いになり、通り過ぎて行かれました。

また、孔子が別の道を通っておられると、七、八歳ばかりの子が二人いるのに出会いました。すると一人が「日の出の頃は日が近く、日中には日が遠い」と言い、もう一人が「日の出の頃は日が遠く、日中は日が近い」と言います。さらに最初の子が「日の出の頃は熱くて湯の中に手を突っ込むようだ。日中になると涼しい」と言いますと、後の子はすかさず「日の出の頃は涼しい。日中は熱くて湯の中に手を突っ込むようだ。日の出に日が近く、日中には日が遠いなどと言えるものか」と言います。このように二人で言い争い、孔子にどちらが正しいのかと尋ねました。しかしながら孔子はうまく判断することが出来ませんでした。

そうしますと子供たちは笑って、「孔子様はとても聡明で、ご存じないことはおありでないと伺っていましたが、実は何もご存じないのですね」と言いました。孔子はこれを聞きますと、この二人の子供たちにただならぬものをお感じになり、「ふたりとも只者ではないに違いない」と褒め称えられました。昔はこのように、幼い子どもでも賢い者がいたのです。

さて、孔子が多くの弟子を連れて道を歩いておりましたところ、道端の垣根から馬が頭を突き出していたのをご覧になって、「ここに牛が頭を突き出してますね」と仰いました。弟子たちは「馬のことを牛と仰せになられたのはどうしてだろう」と思いましたが、「理由があるに違いない」と思って、歩きながら各々が「どういうことか理解しよう」と頭をひねっていました。すると、一里(約360メートル)ほど行ったときに、第一の弟子である顔回という者がはっと気づいて、「暦で『午(うま)』と書く字を、頭を突き出すように書けば『牛』という字になる。先ほど馬が頭を突き出していたため、私たちの理解が及ぶか試されたのではないか」と思って、そのように孔子に問いましたところ、「その通りだ」とお答えになりました。

顔回(『至聖先賢半身像』)

他の弟子たちも、十六町(約1150メートル)行く間に次々と理解していきました。ですから、人の理解には疾い、遅いがあることがよく分かります。孔子はこのように聡明であられた為、世間の人々は皆、頭を垂れて、孔子を貴び敬ったと、語り伝えられています。

【原文】

巻10第9話 臣下孔子道行値童子問申語 第九
今昔物語集 巻10第9話 臣下孔子道行値童子問申語 第九 今昔、震旦の周の代に、魯の孔丘と云ふ人有けり。父は叔梁と云ふ。母は顔の氏也。此の孔丘を世に孔子と云ふ此れ也。身の長、九尺六寸也。心賢くして、悟り深し。

【翻訳】 昔日香

【校正】 昔日香・草野真一

【解説】 昔日香・草野真一

※周の時代にはまだ定規がなく、一尺を手を広げたときの長さ(約20センチメートル)としていたため、一寸は約2センチメートル、一里は1800尺のため、約360メートル、一町は360尺のため、約72メートルで換算している

※聡明であると語りながらも、それを否定するようなエピソードばかり集めている点に特徴がある。エピソードのひとつは宇治拾遺物語にも取り上げられている。

第152話(巻12・第16話)八歳の童、孔子問答の事
宇治拾遺物語 第152話(巻12・第16話)八歳の童、孔子問答の事 八歳童孔子問答事 八歳の童、孔子問答の事 校訂本文 今は昔、唐土(もろこし)に、孔子、道を行き給ふに、八つばかりなる童会ひぬ。孔子に問ひ申すやう、「日の入る所と洛陽と、いづれが遠き」と。孔子、いらへ給ふやう、「日の入る所は遠し、洛陽は近し...

幼少の孔子が老子に学問を習ったように語られているが、伝説とされている。

孔子(『至聖先賢半身像』)

 

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今昔物語集 現代語訳

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