巻10第35話 国王造百丈石卒堵婆擬殺工語 第卅五
今は昔、震旦の□の時代に、百丈(約300メートル)の石の卒堵婆(塔、註参照)を造る石工がいました。
その時の国王が、その石工に命じて百丈の卒堵婆を造らせました。すっかり造り終わって思いました。「この卒堵婆を思った通りに造り上げることが出来たのは本当に喜ばしいことだ。しかし、この石工は他国にも行ってこれと同じような卒堵婆を建てようとするのではなかろうか。それならばこの石工をすぐに殺してしまおう」と思いついて、この石工がまだ卒堵婆の上にいる時に、下りられないように、麻柱(足場)を一度にばらばらと壊してしまいました。
石工は下りることが出来なくなり、「このようなことが起こるのはおかしなことだ」と思いました。「このまま何もせず卒堵婆の上に居ても、どうしようもない。何はともあれ、妻子はこの事を聞いているだろう。聞いていれば、必ずここに見に来るだろう。この私がむざむざ死ぬなんて思ってもないことだ」とは思いましたが、声が届くものならば誰か呼ぶところながら、見ることも叶わず、声も届かないため、どうすることも出来ずにそこにいるしかありませんでした。
そうする間、この石工の妻子はこのことを聞いて駆けつけ、卒堵婆の周りをぐるりと巡ってみたもののやはりどうすることも出来ません。妻は思いました。「そうは言っても、夫は何の手も打たずむざむざ死んだりはしない人だ。きっと何か考えているはずだ」と期待をかけてなおも卒堵婆の周りを巡りながら見ていました。
石工は着ていた服をみんな脱いで、更にそれを解いたり裂いたりして糸にして結んで繋ぎ、それをそろそろと降ろしました。そのとても細い糸が、風に吹かれてひらひらと舞い降りてくるのを妻は下から見て、「これは夫がそこにいることを知らせるために降ろしたものに違いない」と思って、その糸を持ってそっと動かしますと、上にいる夫もこれを見て、妻が下にいるものと分かって、またそっと動かしました。
妻は「やはりそうなのだ」と思い、家に駆け戻って、置いていた麻をよった紐を取って来て、先ほどの糸に結い付けました。それを上で動かすとともに、下でも動かします。少しずつ紐は上にあがりました。次はそれに切った紐を結い付けました。それをまた手繰り取ったので、次は糸のように細い縄を結び付けました。それを手繰り取ると、更に太い縄を結び付けました。その次には、三、四本より合わせた縄を上にあげました。石工はその縄を手繰り取って、その縄を伝ってなんとか降りてきて、すぐに逃げ去りました。
卒堵婆を造ったという国王は、功徳を得ることが出来たのでしょうか。世の人々は皆こぞってこの王を謗ったと、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※卒堵婆…インドで仏教の聖地に建てられていた塔、サンスクリット語の「stupa(ストゥーパ)」が中国に伝わった際に、音を漢字に当てはめたもの。石で造る、仏舎利を安置したり、供養・報恩をしたりするための建造物を指す。日本で言われる卒塔婆は故人の追善供養のために用いる細長い形をした木製の板であり、本話で言う卒堵婆とは異なる









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