巻13第7話 比叡山西塔僧道栄語 第七
今は昔、比叡山の西塔(エリアの名)に道栄という僧が住していました。もとは近江国(滋賀県)の人です。幼くして比叡山に登って出家し、法華経を受持して日夜読誦していました。十二年と期限を切って、その間、山を下りることはありませんでした。野の花を摘み、水を汲んでは仏に供養し奉り、経を読誦することはいよいよ怠ることがありませんでした。
期限の十二年が過ぎたので、初めて山を下りて故郷に行き、心中で思いました。
「私は本山に住すると言っても、顕密の正教において学び得たことは何もない。今の生はいたずらに過ぎていってしまうのか。後世への貯(解説参照)もないのでは、これ、二世不得の身(解説参照)ということだ。よし、法華経を書写することにしよう」
そうして一部(全部)を書き終えた後、高徳の僧五人に請い願って、供養してから、経の深い意味を説明してもらい、また疑義があれば、問答によって明らかにしてもらいました。このように、月に一、二度、もしくは五度、六度と書写し、供養し奉りました。
長年に渡ってこのような善根を修し、いよいよ命が終わる時を待っているとき、道栄は夢の中で、比叡山西塔の宝幢院の前の庭に金の多宝塔がたっているのを見ました。その荘厳なことは、得も言われぬものでした。道栄がこれを見て、心を尽くして敬い、礼拝していると、一人の気高い俗人がいることに気付きました。その姿形は、只の人であるようには見えませんでした。その人の体を見ると、梵天、帝釈天のようです。その人が道栄に聞きました。「あなたはこの塔を知っていますか」道栄が「知りません」と答えると、「これはあなたの経蔵です。早く戸を開けて見てご覧なさい」と言います。道栄が言われるままに戸を開けて見ると、塔の中には多くの経巻が積んでありました。俗人はまた聞きました。「あなたはこの経巻を知っていますか」道栄が「知りません」と答えますと、「この経巻は、あなたが今生で書写なさった経をこの塔の中に積み満たしたものなのですよ。あなたはもうすぐこの塔と共に兜率天に生まれることでしょう」と告げられたかと思うと、夢から覚めました。道栄はその後、増々心を尽くして経を書写供養することを欠かしませんでした。
すると、老い衰えて、歩くこともままならなくなってから、縁あって下野国(栃木県)に居を移し、住して最後を迎えるとき、普賢品(普賢菩薩勧発品第二十八、法華経の最終章)を書写供養し奉り、書いたばかりのその経文を読誦して、亡くなりました。夢のお告げの通りに、間違いなく兜率天にお生まれになったと、語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 昔日香
※後世の貯(たくわえ)…現世での善行や法要(追善供養)を通じて、死後の世界(来世)での安楽や悟りを得るために「功徳」を積み立てるという死生観
※二世不得の身…現世(今)と来世(死後)のどちらの幸せも、自力の修行や善行によって完璧に思い通りにすることはできない、という無力な人間のありよう
※宝幢院…延暦寺西塔の一院











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