巻十三第六話 火をはいて七宝の塔を焼いた聖人の話

巻十三

巻13第6話 摂津国多々院持経者語 第六

今は昔、摂津国豊島郡(てしまぐん)に、多々の院(兵庫県川西市多田院。解説参照)というところがありました。そこに一人の僧が住していました。山林に入り仏道を修行していました。また、法華経を日夜読誦して年を重ねていました。

ところで、その傍らに一人の俗人がありました。持経者(僧)の勤行を貴んで、帰依し、常に供養していました(身の回りの世話をしていた)。やがて、俗人は身に病を受け、日々苦しんで、とうとう亡くなってしまいました。家の人は、死人を棺に入れて木の上に置きました。

その五日後、死人が蘇って棺を叩きました。始めのうち人はそれを恐れて近寄りませんでしたが、死人の声を聞いて、「これは蘇ったに違いない」と棺を下ろして開けてみると、やはり死人は蘇っていました。「奇異なことだ」と思って家に連れて行きました。
蘇った人は、妻子に説きました。
「私は死んで閻魔王のところへ行った。王は帳を曳き札を数えて(帳、札ともに善悪行を記す)、『お前は罪業が重いので地獄に遣るべきではあるが、この度は罪を免じるので速やかにもとの国に還れ。その訳は、お前が長年、法華経の持者を信心し、供養してきた、その功徳が限りないためである。お前が本国に戻って、ますます信を堅持してかの持者を供養するならば、三世の諸仏(過去現在未来の仏)を供養するよりも勝れることになろう』と仰った。
私がこのいましめを受けて閻魔王の役所を出て人間界に帰る時に、野山を通って見ると、七宝(金・銀・瑠璃<るり>・硨磲<しゃこ>・瑪瑙<めのう>・真珠・玫瑰<まいかい>)の塔があった。その荘厳なことは、言葉に尽くせぬほどであった。ところが、私が供養していた持経者が口から火を噴いて、その宝塔を焼いていた。その時、虚空に声が響き、私に告げた。
『知っておきなさい。この塔は、かの持経の聖人が法華経を読誦して宝塔品へ至った時に出現し給うたものです。ところが、かの聖人が瞋恚(しんい、怒りや恨み)をもって弟子や童子を責め苛み、口汚く罵りました。すると瞋恚の火がたちまち出て来て、このように宝塔を焼いているのです。もし瞋恚を止めて経を誦したならば、この趣深く美しい宝塔が世界中に立つことでしょう。そなたは速やかに本国に帰り、そのことを聖人に告げなさい』それを聞いたかと思うと、蘇っていた」
妻子や一族の者たちは、この人が蘇ったのを見て、この上なく喜びました。近辺の人たちは、聖人のことを聞いて不思議に怪しく思いました。

その後、この人は聖人の許へ行き、冥途での出来事を語りました。これを聞いて聖人は自らを恥じ、悔いて、弟子たちや童子たちから離れて、元の通り一人の身になって一心に法華経を読誦しました。蘇った俗人はまた、いよいよ持経者をこの上なく供養し奉りました。

聖人は、幾年か経って命が尽きる時に臨み、身に病なく、法華経を誦して亡くなりました。

このことから、聖人であるといっても、瞋恚を発するべきではないと、語り伝えられています。

七宝塔(上海、七宝教寺)

【原文】

巻13第6話 摂津国多々院持経者語 第六
今昔物語集 巻13第6話 摂津国多々院持経者語 第六 今昔、摂津国の豊島の郡に、多々の院と云ふ所有り。其の所に一人の僧住けり。山林に交て仏道を修行す。亦、法花経を日夜に読誦して年を積めり。

【翻訳】 昔日香

【校正】 昔日香・草野真一

【解説】 昔日香

※豊島郡…摂津国猪名川左岸に位置した郡。「和名抄」高山寺本には「トシマ」、東急本国郡部には「手島」の訓がある。「拾芥抄」国郡部の訓は、「テシマ」。東は島下郡、西は川辺郡(現兵庫県)、北は能勢郡、南は西成郡に接する。現在では、郡域は池田市の全域、豊中市・箕面市の大部分、吹田市の一部分にあたる

※多々の院…兵庫県川西市にあった寺。多田院と呼ばれ、山号は鷹尾山。天祿元年(970年)多田(源)満仲がその子源賢を開山に創建。満仲を主神に頼光、頼信、頼義、義家の霊をまつり、源氏の菩提(ぼだい)所となった。

多田院は源氏の寺として、満仲・頼光・義朝などをまつった。明治になって多田神社となり現在に至る

※持経者…経典を受持し、もっぱら読経する者。特に法華経を読誦する者

※三世の諸仏…法における時間的、空間的な普遍性を代弁するものであり、法の発見者である諸仏があらゆる世界においてかつて出現し、今出現し、未来に出現すること。また、その仏たち

※宝塔品…法華経見宝塔品第十一。ここから虚空で説法がなされるので、虚空会という。七宝の塔が大地から涌出して虚空に浮かび、中にいる多宝如来が法華経を賛嘆し、釈尊に自分の隣に座るよううながす(二仏並坐)。

木造釈迦如来・多宝如来坐像(千葉県市川市法華経寺 二如来は隣り合わせで造形される)

※瞋恚(しんい)…三毒・十悪の一。自分の心に逆らうものを怒り恨むこと

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