巻19第39話 美濃守侍五位遁急難存命語 第卅九
今は昔、美濃の守(岐阜県南部の地方官、都から派遣された)□という人がありました。その人に仕えている五位(官位)がありました。名を□といいます。心が正しくまっすぐで、因果を知り、十斎日には心身を清浄にして、斎日の一日一日にあてて十戒をたもちました。また、毎月十八日(観音の縁日)には持斎(精進潔斎して戒をたもつこと)し、観音を念じ奉っていました。
ある日、主人の美濃の守が、造りかけの新しい家にこの五位を呼びました。この日は十八日でしたから持斎の日ですが、主人が呼んでいるので、急いで行きました。五位はその造りかけの家の縁側にいて、書面を見て工事の指示などをしていました。造りかけの家ですから、あちこちに足場があります。足場は大きな木を横様に結びつけてあったのですが、どうしたことでしょう、うつむいて文を見ていたとき、にわかに縄が切れて、五位の頭の上へに落ちかかってきたのです。
大木が頭上に落ちれば、頭は壊れ、頸も骨も折れてしまうことでしょう。烏帽子には大木が落ち、破れて打ち破られました。しかし、身は無事だったのです。ケガはまったくなく、痛いところもありませんでした。烏帽子に当たったばかりで、頭には当たらなかったのです。これは他でもありません。年来、戒を保ってきたことと、観音の御力です。命が助かるはずはありません。五位の様子を見ていた人たちこそ、あまりのことに茫然として、肝を冷やしたのです。
五位はその後、いよいよ信を発し、戒をたもち、観音に仕えました。
三宝(仏法僧)は目に見えませんが、霊験いちじるしいこと、このとおりです。これを聞く人は、もっぱら戒を保ち、ひたすら観音に仕えるべきであると語り伝えられています。
【原文】
巻19第39話 美濃守侍五位遁急難存命語 第卅九
今昔物語集 巻19第39話 美濃守侍五位遁急難存命語 第卅九 今昔、美濃の守□□と云ふ人有けり。其の人の許に仕ける五位有けり。名をば□□とぞ云ける。心直くして、因果を知て、十斎日には心身精進にして、其の日々に宛て十戒を持(たもち)けり。亦、十八日には持斎にて、年来観音を念じ奉けり。
【翻訳】 草野真一

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