巻九第三十二話 肉体を離れさまよった医師の話

巻九

巻9第32話 侍御史孫逈璞依冥途使錯従途帰語 第卅二

今は昔、震旦の唐の時代に、侍御史(侍医)として、孫逈璞(そんけいはく)という人がありました。済州の人です。貞観十三年(639年)、天子の行幸にしたがって九成宮に出かけました。三善谷に住んでいました。魏の大師(魏徴)と隣どうしでした。

昔、ある夜、亥の時(十時)ごろに、門の外で「孫の侍御史!」と呼ぶ声がありました。逈璞は出て行って問いました。
「これは隣に住んでいる大師の命令ですか」
二人の人がおりました。二人は言いました。
「官(役所)に来てもらう。すぐに来なさい」
「歩いては行けません」
「ならば、馬に乗って来るがよい」

逈璞は家の内にいる馬を引き出でて、騎乗し、二人に従って進みました。見れば、天地は昼のようでした。(夜だというのに)日の光が明るく輝いていました。逈璞は恐れて、ものも言えなくなりました。

二人の使者は逈璞を北の谷の口に連れていき、朝堂(天子が政治を行う堂、九成宮と思われる)の東北を経て六・七里(約24~27キロ)行きました。苜蓿(もくしゅく、ウマゴヤシ)の谷に至って、遥かに見ると、二人の人が韓鳳方(かんほうぼう)という人を引き立てていきます。二人は逈璞を連れてきた使者に言いました。
「おまえたちは間違っているぞ。私たちが連れて行く者が正しい。おまえたちはその人を解き放つべきだ」

その言に随って、二人の使者は逈璞を放ち、捨てて去りました。逈璞は道なりに帰ることになりましたが、通常どおり道を歩くのと変わりませんでした。

家に帰りついて、馬から下りました。馬を繋ぎ、寝屋に入ろうとしました。寝屋への道に、一人の婢(女の使用人)が眠っていました。声をかけても答えませんでした。うち捨てて部屋に入ると、自分が妻と共に眠っているのが見えました。我が身に入ろうとしましたが、できませんでした。

南の壁について立ち、妻を大声で呼びましたが、妻はまったく答えません。夜だというのに、部屋はとても明るいのです。壁のすみに蜘蛛の網がかかっていました。網の中に二匹の蠅がとらえられています。一匹は大きく、一匹は小さいものでした。梁の上に薬を置いていましたが、部屋がとても明るいので、見ることができました。しかし、床につくことはできません。

そのとき知りました。
「私は死んだのだ」
とても恐ろしく思いました。妻と共にいられないことを憂い、恨みました。仕方なく南の壁に寄りそっていましたが、やがて寝入ってしまいました。

しばらくして目覚めると、身は床にありました。部屋は暗く、何も見えません。傍に妻が眠っています。起こしてこのことを語りました。妻が話を聞いて灯りをともすと、逈璞は全身に汗をかいていました。起きあがってさきほど蜘蛛の網がかかっていたところを見ましたが、そんなものはどこにもありません。馬を見ると、馬も汗をかいていました。

この夜、韓鳳方はとつぜん死にました。

十七年たちました。逈璞は皇帝に命じられ、魏徴の病を治療しました。帰国するとき、洛陽の東、孝義の村に至りました。ひとりの人がやって来て、逈璞に問いました。
「君は、孫逈璞ではないか」
「たしかにそうです。あなたが私にたずねたのはなぜですか」
「私は鬼(死者の霊魂)だ。魏の大師(魏徴)の手紙がある。これをあなたに渡す」

逈璞が見ると、「鄭国公魏徴」と署名があります。逈璞は驚いて聞きました。
「鄭公はまだ死んではいません。どうして冥府から手紙が来るのですか」
鬼は答えました。
「鄭公はすでに死んでいる。今は大陽の都録大監(冥府の官職)となっているので、私を派遣し、あなたを召したのだ」

逈璞は鬼を饗応しました。鬼はとても喜んで、逈璞に礼を言いました。逈璞は鬼に乞いました。
「私は皇帝の命で勅をたまわり、斉州に行った帰りで都(長安)に戻っていません。鄭公は私を召していますが、いったん都に戻り、皇帝に報告し、その後で鄭公の要望にしたがいたいと思います。どうですか」
鬼はこれをゆるしました。

鬼は昼は逈璞とともに進み、夜は同宿しました。ついに郷に至って、鬼は言いました。
「私は関所を通るために通行手形がいる。君が皇帝への報告を終えたら、ふたたび会おう。葷辛(くんしん。ニラ、ニンニク、ネギなど臭気の強い野菜と、ショウガ、カラシナなどの辛味のある野菜。仏教のタブー食)を食べないようにしてくれ」
逈璞は承知したと答えました。

逈璞は都に入り、皇帝に奏上しました。その後で鄭公を尋ねましたが、すでに亡くなっていました。死んだ日は、彼が孝義の村に至った前日でした。鬼の語ったことはまったくの事実だったのです。逈璞は自分が近いうちに死ぬことを悟り、家の人とも相談して、僧を呼び、仏事を行わせました。仏像を造り、経巻を書写しました。

六・七日たって、夢に鬼があらわれ、逈璞を召しました。高い山を登りました。頂上に巨大な宮殿がありました。宮殿の中には多くの人がありました。逈璞を見て言いました。
「この人は善根を修している。これを止めてはならない。解放するべきだ」
逈璞は押され、山から落とされました。その瞬間、目が覚めました。

逈璞は思いました。
「私は善根を修したために、今、死をまぬがれたのだ」
かぎりなく喜びました。その後、恙(つつが。病や心配事)もなく、長命だったと語り伝えられています。

【原文】

巻9第32話 侍御史孫廻璞依冥途使錯従途帰語 第卅二
今昔物語集 巻9第32話 侍御史孫廻璞依冥途使錯従途帰語 第卅二 今昔、震旦の□□代に、侍御史として、廻璞と云ふ人有けり。済州の人也けり。貞観十三年と云ふ年、車駕に従て、九成宮に幸ぬ。三善谷に居す。魏の大師

【翻訳】 西村由紀子

【校正】 西村由紀子・草野真一

【解説】 草野真一

逈璞が鬼に声をかけられた孝義の村は、巻十二十七話に語られた三人兄弟の話が伝わる村だという。

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