巻七第四話 神童が前世を知る話

巻七

巻7第4話 震旦僧智諳誦大般若経二百巻語 第四

今は昔、震旦の都に僧がおりました。名を僧智と申しました。香炉を呑む夢を見た母親が懐妊してできた子なのですが、生まれ落ちるなり『大般若経』と経典名を唱えたものですから、まわりはみな不思議がりました。十歳になる頃には『大般若経』六百巻のうち二百巻を暗誦できましたが、残りの四百巻は覚えられず、暗誦できません。出家してからは毎日百巻を読誦することを習慣として、怠ることがありませんでした。とはいえ僧智には納得がいきません。「わたしは『大般若経』二百巻を暗誦できるのに、残りが覚えられないとはいったいなぜなんだ? 祈念をすることで、その理由を突き止めようとしてみようか」と、考えました。

するとある夜、一人の僧が彼の夢に現れて、こう告げました。「そなたの前世はつまらぬ牛の身だった。飼い主がその牛に『大般若経』二百巻を背負わせて寺に運ばせたことがあり、牛は深い泥に足を取られてつまずきながら歩いていった。その功徳によってそなたは人間に生まれ、僧侶となって『大般若経』二百巻を暗誦できたのだ。しかし残りの諸巻についてはそなたが結縁していないので暗誦できないのだ。そなたは今の身のままで雷音仏の国に生まれることになるであろう」と、そのように夢を見たところで目が覚めました。おかげで疑問が氷解し、僧智は前世の因縁に感謝しました。

この僧智のことを通じて、この世の善悪のことはみな前世の結縁から生じるものなのだと、人皆が知るようになったのだ、と語り伝えているのだということです。

【原文】

巻7第4話 震旦僧智諳誦大般若経二百巻語 第四 [やたがらすナビ]

【翻訳】
待兼音二郎
【校正】
待兼音二郎・草野真一
【協力】
草野真一

【解説】
待兼音二郎

親の因果が子に祟り……というのは見世物小屋の決まり文句なわけですが、人権意識や差別への問題意識などというものにてんで欠けていたその昔の日本には見世物小屋というフリークショーがあり、先天的に(ないし何らかの事故や病気で)身体に形態異常を宿した人を〇〇男、△△女などと動物になぞらえて見世物にしておりました。その世界的にもっとも有名な例はおそらく映画にもなった『エレファント・マン』ですが、遺伝学の未発達さと大衆の無知蒙昧ぶりが重なっていた時代には、人間と動物との中間的な姿をどこか思わせる人々の姿が前世の宿業への恐怖をかき立てて止まないこともあったはずで、それを現代の我々が後知恵で笑うことはフェアではないと考えます。

 ということでこのお話は、善行を積んだ牛が人間の神童に転生したことから始まります。わずか十歳で『大般若経』二百巻をそらんじるというのはまさしく天才のわざですが、どうしたわけか、そこから先がいっこうに伸びません。出家して僧侶となってからは『大般若経』百巻を毎日読誦するという努力を重ねるのですが、それでもダメです。いったいどうして……と悩んでいたところに夢見のお告げで、前世が牛だったからと能力の限界の理由を知り、納得するというお話です。それでも現世での善行のお蔭か、人間の姿のままで雷音仏の国に生まれることになると告げられることがちょっとした救いになっています。

さてその「雷音仏」というのは、密教の二大世界観(両部)のうち金剛界と対をなす胎蔵界の五仏のひとつで天鼓雷音(てんくらいおん)如来をさし、金剛界の五仏のひとつ阿閦仏(あしゅくぶつ)の異名なのだそうです。このあたりは難しい仏教用語で自分の手には余るため、それぞれのキーワードにコトバンクへのリンクを張りました。詳細についてはどうかそちらをご覧ください。なお画像は、阿閦仏のものが見つかったので、そちらを使用しております。

阿閦仏

前世が牛だったから二流にはなれても一流にはなれないというこのお話の骨子は、現代人の我々にはトンデモ過ぎて困惑するしかないものですが、「血筋は争えない」という常套句が意味する血統による優劣は、人間に関しては未解明な部分(そしてタブー)が多いものの、競走馬に関してはかなりの理論化と体系化がなされています。この馬の子や孫には短距離向きのスピードがあり、あの馬の子孫には長距離向けのスタミナがあるといったことが、馬券予想の大きな検討要素になっているのです。

すべてのサラブレッドの血統をたどると17~18世紀の三大始祖のいずれかにたどり着くという事実は、競馬ファンならずともご存知の方が多いかと思います。すなわちダーレーアラビアン(推定1700年生)、ゴドルフィンアラビアン(推定1724年生)、バイアリーターク(推定1680年生)の三大種牡馬(しゅぼば:種馬のこと)です。牝馬が1年に産めるのは人間と同じく通常1頭であるのに対して、人気種牡馬は毎年百頭以上に種付けをしますから、優勝劣敗による淘汰の結果、後世に血を残せる馬はだんだん絞られてくるわけです。そして最後に残ったのが上記の3頭というわけです。

ダーレーアラビアン

人間の王朝に中興の祖という言葉があるように、競馬の血統もあるとき大種牡馬が出ることで大きく枝分かれして繁栄していきます。三大始祖のうちダーレーアラビアンは現在90%かそれ以上もの占有率を有する圧倒的な大父系なわけですが、これには5代目のエクリプス(1764年生)や、戦後の世界競馬界を席巻する大父系となったネアルコ(1935生)が大きな働きをなしています。日本産競走馬の実力を世界レベルにまで引き上げた革命的な種牡馬サンデーサイレンス(1986年生)も、ネアルコから数えて5代目の種牡馬になります。

サンデーサイレンス

そのように父系については言うまでもないですが、母系も同じく重要です。牝馬ながら日本ダービーで2着となり、1960年のダービー馬コダマと翌61年の皐月賞馬シンツバメを生んだシラオキ(1946年生)という繁殖牝馬がいます。彼女の母系を遡ると、20世紀初頭に小岩井牧場が日本競馬の発展のために輸入した基礎牝馬の一頭フローリスカツプ(1904年生)にたどり着きます。このフローリスカツプ→シラオキにつらなる牝系は、現代日本競馬界を構成するひとつの輝かしい柱となっています。

そのサンデーサイレンスとシラオキ系が出会うことで生まれたのが、ダービー、ジャパンカップなどG1競走9勝の成績を残したスペシャルウィーク(1995年生)です。このスペシャルウィークの血統をめぐるロマンを短篇小説に仕立てたのが、小川哲「ひとすじの光」(『S-Fマガジン』2018年6月号掲載)です。

DVD『スペシャルウィーク 駆け抜けた王道(みち)

サンデーサイレンスの子たちの活躍は当時爆発的な現象になっていましたが、そのなかでも文句なしの総大将にまでスペシャルウィークがのぼりつめられたのは、フローリスカツプからの牝系の血のおかげとも言えます。この基礎牝馬の輸入をめぐる明治のホースマンたちの奮闘努力を、ちょっぴりのフィクションを交えて描き出した好短篇です。

フィクションとはつまりは嘘のことですが、どこに作者の巧みな嘘があるのかを読了後にあれこれ考えるのも楽しいものです。

作者の小川哲さん(奇しくもサンデーサイレンスと同じく1986年生まれ)は、『ゲームの王国』で日本SF大賞と山本周五郎賞に輝いた若手のホープです。こんな変化球の短篇を読み応えたっぷりに描ききれるところにも実力の一端を感じます。ということで余談が長くなりましたが、今回はこのあたりで失礼します。

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