巻12第25話 伊賀国人母生牛来子家語 第廿五
今は昔、伊賀国山田郡(三重県伊賀市)噉代(はみしろ)の里に、高橋東人(あづまびと)という人がありました。家は大いに富み、飽きるほどの財に満ちていました。亡くなった母の恩に報じるため、心を発し、法華経を写経して供養しようとしました。東人は言いました。
「自分に縁がある僧を呼び、法会の講師としたい」
法会が明日となった日、講師を請ずるにあたって、使者に教えさとしました。
「おまえが最初に出会った僧が、私に縁ある僧だ。その人を呼んでこい。これは私の願いだ」
使者は、この教えを聞いて出かけていきました。御谷の郷で、一人の乞者の僧(乞食坊主)に出あいました。鉢と袋を肘にかけ、酒に酔って道ばたで寝ています。とても講師になるような人には見えませんが、主人の教えにしたがい、はじめに出会った僧を請ずることにしました。
道行く人はこれを見て、嘲り笑いました。長い髪を剃り、縄をかけて袈裟としましたが、まだ目を覚ましません。使者は無理矢理に起こして礼し、請じました。
家に帰ると、願主はこれを見て心を発し、敬い礼しました。一日一夜、家におき、法服を造り調えて与えました。乞者は問いました。
「これはどういうことですか」
「あなたに法華経の講師になってもらうために呼んだのです」
「私はすこしも知識がありません。般若心経(短い)と陀羅尼(真言、呪文)を読んで、年来乞食をして食いつないできたのです。講師などできません」
しかし、願主は許しませんでした。乞者は思いました。
「経を講じろと言われても、私はまったくわからない。ひそかに逃げよう」
しかし、願主はそう考えることがわかっていました。見張らせていたのです。
その夜、乞者の夢に赤い雌牛が現れ、告げました。
「私はこの家の主の母です。この家にいる赤い牛は私です。私は前世で主人の母でしたが、子の物を盗みほしいままに用いた罪によって、今は牛の身を受け、そのつぐないをしています。明日、主人は私のために法華経を供養すると聞きました。あなたはその法会の講師をつとめられるというので、貴び、私の現在の身の上をお伝えしました。もし疑うのなら、法を説く堂の中に、私のための座をつくってください。私はかならずその座に登ります」
そこで夢から覚めました。
不審に思わずにいられませんでしたが、辞退は許されず、翌朝、法服を着ることになりました。高座(ステージ)に登りましたが法を説くことはできません。正直に言いました。
「私は智がまったくないので、法を説くことができません。しかし願主は辞退を許してくれないので、この座に登ります。ただ、夢に告げられたのです」
夢の内容を語りました。願主はこれを聞くと、たちまち座を敷いて、彼の雌牛を呼びました。雌牛はすぐにやってきて、この座に登りました。願主はこれを見て、大いに泣き悲しんで言いました。
「この雌牛はたしかに私の母である。私はこの雌牛をずっと知らずに使役していた。今、私は母を許す。私の咎(とが、罪)をお許しください」
雌牛は法会が終わるとすぐに死にました(牛の身から解放された)。
法会をおとずれた道俗男女(僧も在家も男も女も)が悲しんで泣く声が、堂の庭に満ちました。願主はまた、雌牛のために重ねて功徳を修しました。これは深く心を至し母の恩に報じたいという念の功徳であり、法華経の霊験を示すものであると語られました。また、乞者がずっと陀羅尼を誦して功を積んだ験であると、この話を見聞いた人はみな、讃め貴びました。
人の家に牛・馬・犬など畜生があるのは、みな前世の因縁があるからです。打ったり責めたりはやめるべきだ、と語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 柴崎陽子
【校正】 柴崎陽子・草野真一








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