巻20第37話 耽財娘為鬼被噉悔語 第卅七
今は昔、大和国十市の郡庵知の村(奈良県天理市庵治)の東の方に住む人がありました。家は大いに富んでいました。姓は鏡造、一人の娘がありました。娘はたいへん端正で美しく、田舎娘とは思えませんでした。
独身でしたから、付近のしかるべき人が声をかけて(夜這って)きましたが、固辞して結婚しようとしませんでした。ある人がさらに強く求婚してきたのを、受けいれずにいると、三台の車に財宝を山積みにして送ってきました。父母はこれを見ると、財宝に心を奪われ、結婚を許しました。
吉日を選んで、その人がやってきました。寝所に入り、娘とつながりました。すると、夜半ごろ、娘の声が響きわたりました。
「痛い、痛い」
父母はこの声を聞いて語りあいました。
「はじめて交接するときは、慣れないので痛むものだ」
夜が明けて、娘が起きてこなかったので、母は大声で呼びました。答えが帰ってこないのでさらに大声で呼びましたが、答えはありませんでした。おかしいなと思い部屋を訪れると、娘の頭と一本の指だけがあり、ほかの体は一切ありませんでした。大量の血が流れていました。父母はこれを見て、かぎりなく泣き悲しみました。
彼が送ってきた財宝は、すべて牛馬の骨でした。財を積んだ三台の車は、呉茱萸(グミ)の木でした。
「鬼が人に変じて来たものか、または神の怒りにあって、たたりを受けたのか」
父母は嘆きかなしむばかりです。あたりの人はこれ聞いて集まり、あやしんで語り合いました。
その後、娘のために仏事を修し、娘の頭を箱に入れて、初七日を迎えるまで、仏の御前に置いて斎会をおこないました。
財宝に目がくらんだから起こったことだ。父母は悔い、悲しんだと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
この時代は通い婚であるから、朝になって男がいないことは普通のことだった。娘や父母にとって、男は不可思議な存在だった。「はじめては痛い」が妙に生々しい。
【協力】株式会社TENTO
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