巻二十第四十六話 能登守の善政の話

巻二十(全)

巻20第46話 能登守依直心息国得財語 第四十六

今は昔、能登(石川県北部)の守(かみ、国司)□という人がありました。心がまっすぐで、よく国を治めていました。また、国内の仏神を崇め、ねんごろに仕えていました。国内は平穏で、雨風も時節にしたがって起こり、穀を損ずることがありませんでした。新たにつくった田畑は順調に広がり、国が豊かだったので、隣の国の人も来り集まりました。丘も山も厭わず開墾したので、国司は並ぶ者がないほど富みました。

小国であっても、よく治めれば、このようであるのです。「国内の仏神を崇むべきである」とは言われるのですが、このような国はあまりないので、仏神に仕える守がほとんどないということかもしれません。

あるとき、守がさまざまな郡に行き田畑の耕作の様子を視察することがありました。郎等(臣下)はほとんど連れず、ただ民と自分のやりとりに必要な者を四、五人ほど連れているばかりでした。食物は郡に用意させず(接待を受けず)、旅籠(弁当)を持っていきました。前任の国司が郡に入るときには、郡司は然るべき曳出物(贈り物)を差し上げるのが常でしたが、そんなことはさせませんでした。
「それを受けると(儲かるから)私はありがたいけれども、決してそれを受けてはならない。自分の任期中に田畑を多く作れば、自分はもちろん、国の人のためにもなる。そんなものに財を使わず、官物(租税)を早く納めるべきなのだ」
そのようなおふれを出したので、国の人はみな手をたたいて喜び、田畑を多くつくり、それぞれが豊かになりました。税もまったく遅れずに納めたので、守も大いに富みました。

このようにあちこちの郡をまわり、自分の考えを広めていきました。
浜辺を進んでいたとき、沖の方に、丸くて小さなものが、波に浮かんでいるのが見えました。
守は馬を引き、「あれは何だ」と問いましたが、「わかりません」という答えがあるばかりです。

やがて風が沖から渚に吹き寄せ、浮かんでいるものも近づいてきました。弓でかき寄せてみると、平らな桶を、縄で何重にもゆわえたありました。取り上げて、縄を切って開けてみると、油を塗り重ねた紙にくるまっています(防水してあった)。それを開いてみると、箱が藤の蔓でゆわえてあります。それを解き、箱を開けると、漆塗りの箱が入っていました。それも糸でゆわえてあります。ほどいてみると、犀の角を切って重ね、四方に結んでありました。取り出してみると、石帯を荒造りしたものが三腰(腰は石帯の単位)入っていました。おそらく、震旦(中国)の人が、風にあって難破し、持っていたものが漂着したものでしょう。守はこれを得て、喜びながら帰りました。

石帯(室町時代 京都国立博物館)

京に上ったとき、帯造(職人)に三腰の帯を仕上げさせました。巡方(飾りが方形)のものが一腰、丸鞆(飾りが丸形)が二腰でした。巡方は三千石(石は容積の単位。白米の量)、丸鞆は各千五百石の価値がありました。

「これを得たのは他でもない、国内の仏神をねんごろに崇め、国をよく治め、民を喜ばせ、自分も富んだせいだろう。そのためにこのような思いがけぬ財を得たのだ」
かぎりなく喜びました。まっすぐな心が招いたことでしょう。

その後、守はいよいよまっすぐに国政を行い、仏を貴び、神を崇め、人に情を持ち、民を哀れんだといいます。

国司は国内の仏神によく仕え、道理をわきまえて政をおこなうべきであると語り伝えられています。

【原文】

巻20第46話 能登守依直心息国得財語 第四十六
今昔物語集 巻20第46話 能登守依直心息国得財語 第四十六 今昔、能登の守□□と云ふ人有けり。心直くして、国を吉く治めけるに、又国の内の仏神を崇め、懃に仕(つかへ)ければ、国内平かにして、雨風時に随て穀を損ずる事無くして、造りと造る田畠は楽く弘ごりて、国豊かなれば、隣の国の人も来り集て、岡山も嫌はず造り弘ぐれば、...

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

国司とは知事みたいな役職、行政のトップである。地方勤務であるから、都の貴族にとってはうれしいことではない――はずなのだが、じっさいには希望者が後を絶たなかった。
税額は国司に任されていたので、多く徴収して少なく送ることもできたし、この話にもあるように、現地の人から歓待され賄賂をもらうことも日常化していた。国司をつとめれば、例外なく富裕になったのである。

巻二十八第三十八話 受領たるもの、倒れた所の土をつかめ
巻28第38話 信濃守藤原陳忠落入御坂語 第卅八 今は昔、信濃守(しなののかみ・現在の長野県の国司)藤原陳忠(ふじわらののぶただ)という人がいました。 任国に下って国を治め、任期が終わって上京してくる途中、御坂峠(みさかとうげ・神坂...
巻二十八第三十九話 寄生虫の生まれ変わりがとけ失せた話
巻28第39話 寸白任信濃守解失語 第卅九今は昔、腹の中に寸白(すんぱく・さなだ虫、条虫科の寄生虫)を持った女がいました。□□の□□という人の妻になり、男の子を産みました。その子を□□といいました。しだいに成長し、元服など済んだのち、官...

コメント

タイトルとURLをコピーしました