巻27第14話 従東国上人値鬼語 第十四
今は昔、東の方から上京してきた人が、勢田橋(瀬田の唐橋。滋賀県大津市瀬田川にかかる。東国からの入り口)を渡って来て、日が暮れたので、人家に宿を借りようとした所、その辺に人も住まない大きな家があり、あらゆる所が荒れ果てていたので人が住んでいる気配もありませんでした。どんなことがあって人が住んでいないのかは分からなかったものの、馬から下りて皆をここに泊まらせました。
従者達は下手の部屋に馬などをつないでおきました。主人は上手の部屋に皮などを敷いて、たった一人で横になっていました。旅でこんな風に人から離れた所なので、眠れないでいた所、夜が更けてきて、火をかすかに灯してみると、元から傍に大きな鞍を入れておく櫃(ひつ)のような物があったのが、人も近づかないのに、ゴトゴトと鳴って蓋が開いたので、怪しいと思って「これはひょっとして鬼ではないだろうか、人が住んでいないことも知らないで宿ってしまったことだ」と恐ろしくなって、逃げようという気持ちになりました。
そうした逃げようという気持ちを押し隠していると、その蓋が細めに開いたので、徐々に広く開くように見えたので、「これは鬼に違いない」と思って、「今すぐに急いで逃げて行ったら、追われて捕らえられてしまうだろう。それならそんな気配もないように逃げてしまえ」と思い至って言うには「馬どもの様子が心配だから見回ってこよう」と言って、起きました。そうして、こっそりと馬に鞍を取り付けておいて、這い乗って鞭を打って逃げる時に、鞍の櫃の蓋がガバと開いて出てきた者がありました。大変恐ろしげな声を上げて、「お前はどこに逃げるつもりだ。私がここにいると知らないとでも」と言って、追ってきました。馬を駆けさせて逃げると、振り返って見ても、夜なので姿は見えず、ただ大きく言いようもないくらい恐ろしげでした。こうして逃げていくと、勢田橋にかかりました。
逃げ切れるようにも思えなかったので、馬から跳び下りて、馬を捨てて橋の下の柱の下に隠れていました。「観音様、助けてください」と念じて、屈んでいると、鬼が来ました。橋の上で大変恐ろし気な声を上げて、「どこにいる」と何度も呼んだので、「上手く隠れられたのだろうか」と思っていると、「ここにいます」と答えて出てきた者がありました。それも暗かったので、何者なのかも見せませんでしたが〔以下欠〕
【原文】
【翻訳】 長谷部健太
【校正】 長谷部健太・草野真一
【協力】草野真一
【解説】長谷部健太
一夜の宿を求めた一行は、主人公の男以外はどうしたのだろうか。未完成であるが、恐らく原題の通り、ほとんど皆喰われたのだろう。欠けた結末には残った者がこの話を伝えたとあったと思われる。『今昔物語集』本朝部では、確かな情報源を示すことで真実らしく見せるという演出がある。
(以下、草野記)
末尾に、鬼の呼びかけに答える声があったと記載されている(「ここにいます」)。観音か。
【参考文献】
日本古典文学大系『今昔物語集 四』(岩波書店)
『今昔物語集 本朝世俗篇(下)全現代語訳』(講談社学術文庫)
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