巻4第14話 天竺国王入山見裸女令着衣語 第十四
今は昔、天竺の国王が多くの従者をひきつれて山に入り、狩をしていたときのことです。長く歩いたためひどく疲れ、空腹でたまらなくなりました。見ると、山中に大きな樹があり、その下に金の床几をおいて、裸の女が座っていました。
国王は不思議に思って近くに寄ってたずねました。
「あなたはどこの女性ですか。どうしてここにいるのですか」
女は答えました。
「私は手から甘露(アムリタ、不死の飲料とされる)を出すことができます」
国王は言いました。
「ならば、すぐに出しなさい」
女は国王に手をさしのべ、甘露を出しました。国王はつかれきっていましたが、この甘露を口にして、餓の心がやみ、楽しみの心に変わりました。
女が裸だったので、国王は衣を一つ脱いで与えました。すると、衣の内から火が出て焼け失せてしまいました。
「自然に火が出たのか」
ふたたび脱いで与えると同じように焼けてしまいます。三度めも焼けてしまいました。
国王は驚き怪しみ、女に問いました。
「おまえの服はなぜこのように焼けてしまうのか」
女は答えました。
「私は前世で国王の后でした。国王はおいしい食事を沙門(しゃもん、僧)に与えて供養していました。また、すばらしい衣服を供養していました。私は食事の供養はしましたが、衣を供養することを禁じました。その果報によって、今、手より甘露を出すことができるようになり、衣を着ることができない報いを受けたのです」
国王はあわれんで問いました。
「その報いは、どうすれば転ずることができるのか」
「沙門に衣を供養して、私のためにと念じてください」
国王は宮に戻ると、すぐに美しい衣を用意しました。沙門を呼んで供養しようとしましたが、国内に沙門がいなかったので、供養することができませんでした。どうすべきか考えたあげく、五戒をたもつ優婆塞(うばそく、在家の修行者)を呼びよせ、ことの次第を語り、「この供養を受納してください」と言い、美しい衣を供養しました。この持戒の優婆塞は、国王の言うとおりに衣を受け取り、呪願しました。
その後、王は女に衣をあたえ、着せました。因縁が整ったためでしょう、女の障りはなくなり、衣を着られるようになりました。
夫妻で沙門を供養しようとするときは、心を合わせてしなければならないと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 柴崎陽子
【校正】 柴崎陽子・草野真一
【協力】 草野真一
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