巻4第18話 天竺国王以酔象令殺罪人語 第十八
今は昔、天竺に国王がありました。国に王法を犯す不善の輩があれば、一頭の大象を酒に酔わせ、罪人に放ちました。大象は目を赤くして大口を開け、走りかかって罪人を踏み殺しました。この刑の恐ろしさから、国内に罪人が生まれることはありませんでした。この象は国の第一の宝とされました。隣国の敵人も、この象を恐れて、侵入することがありませんでした。
ある日、象の厩に火事が起こり、焼けてしまいました。厩を造るしばらくの間、象を僧房に繋いでおきました。房の主はいつもと同じように法華経を誦し奉りました。象は一晩この経を聞きました。翌日から、象の様子が変わりました。つつしみ深くなりました。
多くの罪人が象の前につれてこられました。以前のように、象に酒を呑ませて放ちました。ところが、象は、這い臥し、罪人の踵を舐めて、一人も害しませんでした。
大王はあやしみ、象に言いました。
「私が頼むところは、おまえだ。おまえがあるおかげで、国内に罪人が少なく、隣国の敵人がやってくることもない。そのおまえがこの様子では、頼りにすることができないではないか」
そのとき、一人の智臣が問いました。
「この象は、先夜、どこに繋ぎましたか。僧房のあたりではありませんか」
「たしかにそうだ」
智臣は言いました。
「ならば、この象は、僧房で比丘が経を誦するのを聞いて、慈心を成し、人を害しなかったのです。すみやかに屠殺場の方にやり、一晩を経て試してみてください」
その教えにしたがい、象は屠殺場の近くにつながれました。一晩を過ごした翌日、罪人に向うと、歯を嚼み口を開いて、疾く走り寄り、そこにいるすべての者を踏み殺しました。国王はこれを見て大いに喜びました。
畜生でさえ法を聞けば、悪心を止め、善心を起こしました。まして、心を持つ人はどうでしょうか。法を聞いて貴ぶならば、悪心は必ず止むと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 柴崎陽子
【校正】 柴崎陽子・草野真一
【協力】 草野真一
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