巻5第27話 天竺象足踏立株謀人令抜語 第廿七
今は昔、天竺に一人の比丘(僧)がありました。深い山の中を歩いていると、大象を見ました。比丘は恐れ、いそいで高い木に昇り、葉の中に隠れました。象は木の下を通っていきました。比丘は「うまく隠れた」と思っていると、象は比丘を見つけてしまいました。
比丘は恐れました。象は比丘がいる木の根元にやってきて、鼻で掘りはじめました。比丘は仏を念じ、「私を助けてください」と願いました。象は木の根元をさらに深く掘り、ついに木は倒れました。象は比丘を鼻でとらえ、高くさしあげてさらに深い山奥へ入っていきました。比丘は「もはやこれまでだ」と思いました。自分がどこにいるかもわかりませんでした。
山の奥深くには、この象より、さらにいかめしく大きな象がいました。比丘はその象のもとに下ろされました。
比丘は思いました。
「私はこの大象に食わせるために連れてこられたのだ。ああ、もう食われる」
この大象は、比丘を連れてきた象の前で寝転んで、おおいに喜んでいるようです。これを見て比丘は思いました。
「私を食べられるので、こんなに喜んでいるのだ」
生きた心地がしませんでした。
大象は比丘の前に足をのばし、立ち上がろうとはしませんでした。よく見ると、足に大きな株(くい)がささっています。その足を、比丘の前に差し出して喜んでいるのです。
比丘は思いました。
「これは、『株をとってくれ』ということだろう」
比丘は株を持って、力いっぱい引き抜きました。
大象はさらに喜び、臥して転げまわりました。比丘も、「抜いてやったからだ」と思って安心しました。
やがて、比丘をつれてきた象は、ふたたび鼻で比丘を持ち上げ、さらに深い場所へつれていきました。そこには、大いなる墓(つか)がありました。象はその墓に入っていきます。比丘は「恐ろしい」と思いました。墓の中には、多くの財宝がありました。
比丘は思いました。
「株を抜いたお礼に、この財宝を得よと言っているのだ」
財宝をすべて持って墓を出ると、象はまた鼻で比丘を持ち上げ、比丘が隠れていた木の元で下ろしました。象は山の奥へ帰っていきました。
比丘は理解しました。
「大象は、この象の親なのだ。親の足に刺さった株を抜きとらせようとして、私をつれていったのだ。その礼に財宝をくれたのだ」
比丘は思いがけず財を得て帰ったと語り伝られています。
【原文】
【翻訳】
西村由紀子
【校正】
西村由紀子・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
西村由紀子
象は草食だから、「食われる」という比丘の不安はおかしいが、熊に出会ってさえ恐ろしいのだから、山中で象に出会った恐怖は相当だろう。ライオンは百獣の王といわれるが、象には決して向かわないという。
『大唐西域記』にある話を改変したものではないかと考えられている。
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