巻4第6話 天竺優婆崛多試弟子語 第六
今は昔、天竺に、仏が涅槃に入ってから百年ほどたって、優婆崛多(うばくった、ウパグプタ)という悟りに至った羅漢(聖者)がありました。
その弟子に一人の比丘(僧)がありました。優婆崛多がどう考えていたのかはわかりませんが、彼に常に忠告していました。
「おまえは決して女に近づいてはならない。女に近づけば、(悟りに至らず)車輪のように回り生死をくりかえすことになるだろう」
ことあるごとにそう注意していました。
弟子は言いました。
「師は私のどこを見ているのだろう。私はすでに羅漢果(聖者となるための一段階)を得ている。女とは長く離れていて、ふれてもいない」
他の弟子たちも「こういう貴い人を、常に注意するとはおかしなことだ」と思っていました。
あるとき、この弟子の比丘が、所用あって出かけ、川を渡ることがありました。若い女が比丘と同じように川を渡ろうとしていましたが、女は川の深いところにはまって流され、倒れそうになっていました。
女は言いました。
「そこのお坊様、私を助けてください」
比丘は聞こえないふりをしようかと思いましたが、女はまさに流されそうになっています。近寄って女の手をとり、岸にあがりました。
女の手はふくよかで、なめらかでした。陸に着いてからも、比丘はにぎった手をはなすことができませんでした。女は「もうはなしてほしい。行きたい」と思いましたが、比丘はいよいよ強く手をにぎって言いました。
「前世の因縁があるのかもしれません。私はあなたが慕わしいのです。私の望みを聞いてもらえませんか」
女は答えました。
「私はあなたに会わなければ、流されて死んでいました。あなたは私を助けてくれました。今生きているこということは、あなたの徳です。ならば、あなたの言うことを断ることはできません」
比丘は女の手をとって、ススキが茂った藪の中に入りました。
「私の本意は、ただこうしたいということです」
人には見えない藪の中に入り、比丘は女の前を開き、みずからの前も開き、女と交わりました。
「こんなところを人に見られたらたいへんだ」そう思いましたから、後ろをふりかえり、誰もいないことを確認しました。そして、安心して見還りました。
あおむけになっているのは女ではなく、優婆崛多でした。
師は笑顔で言いました。
「八十余歳になる老法師をどうするつもりだ。すべてはおまえの愛欲のせいだ。おまえは女に触れれば心を失う」
比丘は逃げようとしましたが、足を強くからませていますから、それもできません。師は言いました。
「おまえは愛欲の心からこうしたいと願ったのだ。それを続け、私と交わるがいい。できないのなら、許すことはできない。おまえは私に嘘をつき、だましたのだから」
大声で言いました。
そのとき、道行く人が、この大声を聞いて驚き、近寄ってきました。老僧の股に、僧がはさまっています。老僧は言いました。
「この比丘は私の弟子です。私は八十歳になろうというのに、交わろうとして、薮につれこんだのです」
見る人の数はどんどん増え、多くの人があやしみました。
人がこのありさまを見終えた後に、優婆崛多は起き上がり、比丘とともに、大寺に行きました。鐘をついて、寺の人々を集めました。人々が集まると、優婆崛多はできごとの一切を語りました。人はこれを聞き、あるいは嘲笑し、あるいはののしりました。
弟子の比丘はこれをとても恥ずかしく、悲しく思いました。身が砕かれるようでした。
このことを強く悔い、悲しんだがゆえに、たちまちに阿那含果(はじめの位よりさらに高い位)を得ました。
弟子を道に計り入れ給うたことは、仏と同じだと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】
柴崎陽子
【校正】
柴崎陽子・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
柴崎陽子
優婆崛多はガンダーラと双璧をなす仏教美術の宝庫マトゥラー(インド、ウッタル・プラデーシュ州)の出身で、アショーカ王の師だった人です。
前話までアショーカ王の話が続いていましたが、ここに関連があります。
この話はわりと有名な話のようで、宇治拾遺物語にも同じ題材のものがあります。
若い僧が女に魅了され戒を破った、じつは女の正体は……という話ですが、これって吊り橋効果だと思いました。優婆崛多はそれも知っていてしかけているのです。大したもんだ。
YouTubeにこの話のラジオドラマがあります。
すごくよくできているのに、タイトルが誤ってるのが本当に残念。
(ラジオドラマは正しい)
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