巻4第5話 阿育王造地獄堕罪人語 第五
今は昔、天竺に阿育王(あそかおう、アショーカ王)という王がありました。王は地獄をつくり、国内の罪人を収容しました。近寄った人は決して戻ることはなく、かならず地獄に入れました。
そのころ、とても尊い聖人がありました。名を□□といいます。その地獄を見るために、地獄に参りました。獄卒が聖人を捕え地獄に入れようとする時、聖人が言いました。
「私はなんの罪も犯していない。どうして地獄に入れようとするのか」
獄卒は答えました。
「国王が宣旨を発しました。『この地獄に近寄った者は、貴賤・上下・僧俗にかかわらずこの地獄に入れる』。私はこの宣旨にしたがっています」
獄卒は聖人をとらえ、地獄の釜の中に投げ入れました。
そのとき、地獄は清浄な蓮の池に変わりました。獄卒はこれを見てとても驚き、大王に報告しました。王はこれを聞いて、驚くとともにたいへん尊く思い、みずから地獄に赴き、聖人を拝みました。
そのとき、獄卒は大王に言いました。
「大王の宣旨は『地獄に近づく者があれば、上下を問わず、地獄に入れよ』というものでした。大王、あなたを入れねばなりません」
大王は答えました。
「たしかに私は、宣旨に『王を除け』とはくわえなかった。おまえの主張はもっともである。ただし、『獄卒を除け』という宣旨も下していないのだ。まずは、おまえが地獄に入るといい」
大王は獄卒を地獄に投げ入れて、帰りました。
その後、大王は「まったく無益なことだ」と言い、地獄を壊してしまったと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】
柴崎陽子
【校正】
柴崎陽子・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
柴崎陽子
文中□□には人名が入ります。この話にはさまざまな出典があり、地獄に行った僧が誰かはそれぞれ異なっています。『大唐西域記』はこれを「沙門」として特定せず、『経律異相』は海意比丘、『三国伝記』は文殊師利菩薩としています。
『西域記』は獄卒が地獄で罪人を処刑する様子をつぶさに描いています。
コメント