巻四第二十八話 観音菩薩像が生身になって願いをかなえる話

巻四(全)

巻4第28話 天竺白檀観音現身語 第廿八

今は昔、釈迦が涅槃に入った後のことです。摩訶陀(まがだ)国に伽藍がありました。名を□□寺といいます。その寺の堂に、白檀(びゃくだん)の観音菩薩の像がありました。

たいへん霊験あらたかで、常に数十人の人が詣でていました。あるいは七日、あるいは二七日、穀を断ち、酒を呑まず、心に願う事を祈請して誠の心を表せば、観音菩薩みずからが、言い表せないほど美しい姿で光を放ちつつ、木像の中から、その人の前に現れます。そしてその人をあわれみ、願い事をかなえてくださいます。

このように姿を表すことが数度になりました。帰依したい、供養したい、という人がじつに多くなったのです。大勢の人がこの像に近付いて像が傷つくことを恐れて、像の四面に、七歩ほどの距離で木の欄干を立てました。人が礼拝するときは、その欄干の外からですから、像に近づくことがありません。また、礼拝の際に欄干から花を散じ、もし菩薩の手やひじにかかれば、願い事がかなうという伝説も生まれました。

ひとりの僧が、外国から法を学ぶためにやって来ました。種々の花を買って花鬘(花の髪飾り)をつくり、菩薩の像を詣でました。誠を至して礼拝して、菩薩に向いひざまずき、3つの願いを申し上げました。

「一つめ。この国で平安に、困難なく法を学びたい。成就するならばこの花、菩薩の御手に留まれ。二つめ。修した善根によって、次の生には兜率天に生れて、弥勒菩薩にお会いしたい。成就するならばこの花、菩薩のひじにかかれ。三つめ。教えの中には、『仏性をまったく有しない者がある』とある。もし、私に仏性があって、修行すれば仏になれる(悟りを開ける)ならば、この花、菩薩の頭頂にかかれ」

そう言って花鬘を散ずると、すべてが願ったところにかかりました。あらゆる願いがかなえられることを知ったのですから、心にかぎりなく歓喜がわいてきます。

そのとき、寺を守る人が僧の傍に来て語りました。
「あなたは必ず成仏(悟りを開く)といいます。願わくは、そのときに今日のことを忘れないでください。そのとき私を救ってください」
寺を守る人は約束しました。
彼に出会った人がそう伝えたということです。

【原文】

巻4第28話 天竺白檀観音現身語 第廿八 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【解説】
草野真一

白檀は英語でsandalwood、よい香りがするので、古くから香木として用いられていた。
たいへん貴重な植物で、人の手で栽培することはむずかしい。原産国はインド。他にも生育する国がいくつかあるが、それは香りがない別の種類のものだそうだ。

白檀はインド政府によって伐採制限・輸出規制がかけられている。したがって、ホンモノの白檀が入ったお香は、高価である。

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白檀が貴重なのは、半寄生植物であるせいだ。はじめは独立して生育するものの、後に吸盤で寄主の根に寄生する。幼樹の頃はイネ科やアオイ科、成長するにつれて寄生性も高まり、タケ類やヤシ類などへと移るという。しかも雌雄異株。周りに植物がないと生育しないばかりでなく、交配して種子を残すにはオスメスが近くにないといけないのだ。
栽培が困難なのもうなづける。

そこに白檀があるということ、それだけで奇跡みたいなものだ。

この白檀製の観音像が数々の奇跡を起こす、というのがこの話の要諦だが、白檀の希少さを知ってしまうと、そのぐらい起こしてもらわなきゃ困るぜ、という気にもなってくる。

弥勒については下記の解説参照のこと。

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なお、この話の「外国からやってきた僧侶」を玄奘三蔵だとするテキストがある。

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