巻4第20話 天竺人為国王被召妻人依唱三帰免蛇害語 第二十
今は昔、天竺のひなびた田舎に一人の人がありました。端正美麗な妻をもっていました。夫婦はとても仲がよく、ともに住み、深く結びついていました。
あるとき、国王は思いました。
「国内で端正美麗な女を求めよう。貴賤をえらばず、后としよう」
臣下にたずねると、答えがありました。
「ある国ある郡ある郷に、世に並びなく美麗な女がございます」
国王はこれを聞いて喜び、召そうとすると、臣下は申しました。
「その女には、長くつれそった夫があります。夫妻は百年の契をしています。うまく離別させられないでしょう。妻を召せば、夫はきっと歎き悲しみ、山野を迷い歩くでしょう。まず夫を召し捕え、罪を着せ、その後で妻を召すべきです」
国王はそのとおりだと答え、まず夫を召すため使いを出しました。使いは彼のもとで宣旨を読み上げました。夫は言いました。
「私は法を犯したことはありません。どうして私を捕らえるのですか」
使いは答えることができず、夫をつれて王宮に参りました。
国王は夫に会いましたが、着せる罪がありません。「ならば、あそこにやろう」と考えて言いました。
「ここから艮(うしとら、北東)に四十里(約160キロ)行くと、大なる池がある。その池に、四種の蓮花が咲いている。七日以内にこの蓮花をとって持参せよ。これをとってきたなら報賞を与える」
夫は宣旨をうけたまわり、愁い歎きながら家に戻りました。妻が食事の用意をしても、これに手をつけず悲歎して座っていました。妻は問いました。
「なぜ歎いているのですか。なぜ食べようとしないのですか」
夫は宣旨があったことを語りました。妻は言いました。
「すみやかに食べてください」
妻は泣きながら言いました。
「池に行く道は多くの鬼神がいると伝え聞きました。池には大きな毒蛇が花の茎をまとっているといいます。花をとりに行って戻った人はありません。なんと悲しいことでしょう。あなたと私は、命あるまま別れようとしています。千年の契りを結んだにもかかわらず、鬼神のためにそれを奪われようとしています。私ひとり、ここに残り留まって、何の益があるでしょう。私はともに死のうと思います」
夫は妻をなだめながら言いました。
「私はおまえを守りたいと思っていたが、王難にあって、本懐をとげられなかった。二人とも死ぬことはない。おまえはここに留まり、生きろ」
妻は言いました。
「鬼神が『おまえは誰だ』と問うたなら、『私は人間世界の釈迦牟尼仏の弟子だ』と答えなさい。『どんな法文を習ったか』と聞かれたら、『南無帰依仏 南無帰依法 南無帰依僧』という法文を答えなさい」
七日ぶんの食糧を用意し、夫を出立させました。家を出るとき、夫は妻を見返り、妻は夫を見て、たがいに別れを悲しみました。
四日後、守門の鬼のもとに至りました。鬼は夫を見つけると、喜んで食おうとして、まずは問いました。
「おまえはどこから来たのか」
「私は人間世界の釈迦牟尼仏の弟子である。国王の命を受け、四種の蓮花を取るために来た」
鬼は言いました。
「私は仏の名を聞いたことがなかった。今、はじめて仏の御名を聞いて、たちまちに苦を離れ、鬼の身を転じることができた。おまえを許してやろう。ここから南に行けば、また鬼神がいる。同じようにするといいだろう」
言われたとおりに行くと、また鬼がありました。
鬼は喜び、食おうと近づいてきました。
「おまえはいったい何者か」と問うので、同じように答えました。
「どんな法文を知っている」との問いには、三帰の法文を誦しました。
鬼は歓喜しました。
「私は無量劫(無限の時間)を生きているが、三帰の法文を誦したのを聞いたのははじめてだ。今、幸いにもおまえと出会い、法文を聞くことができた。私は鬼の身を転じ、天上界に生まれるだろう。ここから南に行く道は、多くの毒蛇がある。毒蛇は善悪を知らない。きっとおまえを呑もうとするだろう。だからおまえはしばらくここにとどまれ。私が花を取ってきてやろう」
鬼神は四種の蓮花をとってきて、手渡しながら言いました。
「国王は七日以内と言ったのだろう。すでにおまえが家を出てから、五日がたっている。来た道を同じように戻っていたら七日で行き着くことはできない。私の背に乗れ。おまえを背負って運んでやる」
鬼神の背に乗ると、ほどなくして王宮につきました。鬼は夫をおろすと、たちまち消え失せました。
夫が四種の花を持参したので、国王はなにがあったか問いました。夫は事の次第をつぶさに語りました。国王はこれを聞くと、歓喜して言いました。
「私は鬼神に劣っている。私はおまえを殺して、妻を取ろうと思った。しかし鬼神は、おまえの命を助け、返したのだ。私はおまえとおまえの妻を永遠に許そう。すぐに家に帰り、三帰の法文を受持するように」
夫は家に戻ると、妻にこのことを語りました。妻は喜び、夫とともに三帰の法文を受持したと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 柴崎陽子
【校正】 柴崎陽子・草野真一
【協力】 草野真一

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