巻7第44話 河東僧道英知法語 第卌四
今は昔、河東に道英という僧がいました。若い頃から禅行を怠りませんでしたが、身にまとう衣服などは全く気に掛けず、調えもしませんでした。
しかし、道英は物事の道理を判断するひろい智慧があり、経文に説かれている教えの深い筋道を見失うということは決してありません。一度聞けばその真意を悟ることにおいて、並々ならぬものがありました。ですから、近隣から遠方に至るまで、僧や尼達が先を争うようにやってきては答えを求めました。道英はそのたびごとに「あなた方があやしいと疑っていることについて、深く考えてご覧なさい」と言って、正しい条理を教えます。理解できた者は喜んで帰りました。それでも分からなかった者は、何度となくやって来て、正しい道理を問い、道英はその問いに対して要点を説いて聞かせるので、皆しまいには答えを得て、喜んで帰りました。
このように年月を重ねていましたが、道英が多くの人とともに船に乗って、黄河という河を渡っていましたところ、河の中ほどで突然船が沈没し、乗客は皆、溺れ死んでしまいました。近くの陸にいる世俗の人々は道英が水中に沈むのを見て、河岸に集まって大騒ぎしていました。
冬の終わろうとする頃で、河の水は凍ったり溶けたりを繰り返していました。両岸は垂直にそそり立つかのようでした。しかし、道英は氷水の中を歩いて岸まで着くと、氷を突き通して陸に上がりました。岸にいた人たちはこれを見て驚き喜びました。先を争うように、道英の濡れた体を衣で覆おうとしましたが、道英はそれを断って、「私の体の内側はとても熱いのです。どうぞ衣を着せかけないでください」と言い、なんとか歩いて帰りました。寒そうな気配は全くないのです。体を見ると、火に炙られたようになっていました。これを見た人は皆、不思議なことだと首を傾げました。
そんな道英ですが、ある時は牛を飼って車に繋ぎ、人を乗せることもありました。また、戒律で禁じられている蒜(びる。ニラやニンニクなど)を食べたり、世俗の人の身なりをしたり、髪を二、三寸(約60~90ミリ)ほども伸ばしたりしていました。とても僧とは思われない姿でした。
またある時、道英が任寿寺の辺りに行きますと、その寺の僧である道愻(どうそん)が道英を見て敬い貴び、寺に招き入れました。日暮れ時になると、道英が食事を求めました。道愻が「聖人は人に食べ物を求めることはないと言いますが、あなたはわざとそしり嫌われようとして食事をお求めになったのですか」と言いました。これを聞いた道英は笑って、「あなたは心が激しく騒いで安らがず、少しも休まないので、結局は餓えて自ら苦しむことになりましょう」と言いました。
道愻はこれを聞くと非常に嘆き哀しみ、ついには死んでしまったと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 昔日香
【校正】 昔日香・草野真一
【解説】 草野真一
破天荒な僧の話。常識人として対置されている道愻は第四十一話で語られている。










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