巻一第三話② 老いと病を知る(釈迦伝05)

巻一

巻1第3話 悉達太子在城受楽語 第三

巻一第三話①より続く)
あるとき、太子はたくさんの花が咲きほこり、泉が清々しくすずしく流れていると聞いて、「外に出てみよう」と考えました。太子は侍女を遣わし、これを王に願い出ました。
「城にいても、一日はとても長く、遊ぶということがございません。外出してみたいと思います」
王はこれを聞いて、とても喜びました。ただちに大臣・百官に伝え、道をつくらせ、あらゆるところを清めさせました。

太子はまず王に拝し、そのうえで出て行きました。王は年長の年老いた大臣を太子のお供としました。才覚があり、賢い人でした。太子は多くの家臣を連れて、城の東の門から出発しました。
尊い人も卑しい人も、男も女も、多くの人が雲のように集まり、この様子を見ていました。

ネパール。カピラ城東門跡といわれる

そのとき、浄居天(じょうこてん)が姿を変え老人となりました。頭は白く、腰は曲がり、杖をついて弱々しく歩いています。太子はこれを見て、お供の人にたずねました。
「これは誰だ」
「年老いた人です」
「『年老いる』とはどういうことだ」
「この人は、昔は若く血気にあふれていました。しかし、今は年齢を重ね、衰えてしまいました。これを『年老いる』というのです」
太子はさらにたずねました。
「年老いるのはこの人だけか。それとも誰もがこうなるのか」
「すべての人がこのようになります」
太子は車を返して、城に戻りました。

しばらくして、太子はふたたび外出したいと王に願い出ました。王はこれを聞いて思い悩みました。
「太子が以前外出したときは、老人を見て憂い、楽しまなかった。今度も同じことになりはしないだろうか」
王は外出を許しませんでした。さらに、大臣を招集して協議しました。
「太子は前回、城の東の門を出て、老人に出会い楽しまなかった。今回は前もって道を清め、前回のように老人がうろうろしないようにする必要がある」
太子は外出を許され、以前と同じように多くの家臣を連れて、城の南の門から出かけました。

浄居天は姿を変え、病人となりました。身がただれ、腹は大きくふくれて、ぜいぜいと喘いでいます。
太子はこの人を見て問いました。
「これはどういう人か」
「これは病人です」
太子はさらに問いました。
「『病人』とはどんな人か」
「『病人』とは、好きなものを飲食しても決してよくならず、地水火風(四大、身体を構成するとされた)が整いません。ひどくなると、患部だけではなくあらゆる節が痛みます。気力は弱くなり、眠ってもよくなりません。手足はありますが、自分の身を運ぶことができず、他人の力で寝たり起きたりしています。こういう人を『病人』と呼ぶのです」

太子はそれを自分のことのように悲しみ、問いました。
「病気はこの人だけか。それとも他の人もなるのか」
「すべての人が病気になります。病は貴賤を選びません」
太子は車を返して城に帰りました。

四門出遊。向かって左に腹の腫れた病人、右に腰が曲がり杖をつく老人を表し、その他の健康な人々と対比して、病と老の苦を示す。パキスタン、2~4世紀

王はお供の人にたずねました。
「太子は今回の外出を楽しんだだろうか」
「南の門を出て、病人に会われました。ますます楽しまなくなりました」
王はこれを聞いて、大いに歎きました。さまざまな苦しみに接し、出家されては困ると、外出も許さなくなりました。
巻一第三話③に続く)

【原文】
http://yatanavi.org/text/k_konjaku/k_konjaku1-3

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

四門出遊(生老病死)のうち老と病。真面目に考えたらペシミスティックにならないはずないだろ?

 

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