巻二第八話 幸福の理由ははるか昔の生にある

巻二

巻2第8話 舎衛国金天比丘語 第八

今は昔、舎衛国(コーサラ国)に一人の長者がありました。家は大きく富み、無量の財宝がありました。男の子がひとりできました。その児の身は金色で、この世に並ぶものがないほど美しい子でした。父母はこれを喜び愛しました。児の身は金色だったので、名を「金天」としました。

その児の生まれる日、家の庭に井戸ができて、水が出ました。広さが八尺(約2.5メートル)、深さ八尺ありました。水は清浄であり、また同じ井戸から、飲食・衣服・金銀・珍宝が出てきました。願ったものはなんでも井戸から得ることができました。児はやがて大人になりました。才覚にあふれ、心も完成していました。
父は思いました。「私の児は美しく、他にならぶものがない。これに合うような妻を求めたい」

そのころ、宿城国に大長者がありました。女子が生まれ、名を「金光明」とつけました。すがたかたちがとても美しく、身の色は金色でした。その子が生まれた日、自然に八尺の井戸ができて、井戸から種々の財宝・衣服・飲食が出て、なんでも思ったとおりになりました。
女子の父母は思いました。
「わたしたちの娘は美しく、ならぶものがない」
夫を探すと、金天が見つかりました。金天と金光明は夫婦になりました。

その後、金天は仏をお呼びして、供養しました。仏は夫婦のために法を説きました。金天とその妻、さらに彼らの父母は、これを聞いて須陀洹果(しゅだおんか)を得ました。金天夫妻はともに出家を求め、父母に願い出ました。父母は即座にこれを許しました。夫妻はそろって仏の御許に詣で、夫婦ともに出家して、阿羅漢果(あらかんか)を得ました。

阿難(アーナンダ、仏弟子)はこの様子を見て、仏にたずねました。
「金天夫妻は、過去世にどんな善根を植えて、富貴の家に生まれ、身体が金色で、生まれると同時に種々の財宝が出る八尺の井戸を得たのですか。仏に会うとすぐに果を得たのはなぜですか」

仏陀と阿難

仏は阿難に言いました。
「九十一劫(一劫は宇宙が誕生し消滅する時間)の昔、毗婆尸仏(びばしぶつ、過去七仏)が涅槃に入った後、多くの比丘が遊行してひとつの村を訪れた。村人たちはこぞってこの比丘たちを供養した。このとき、村に夫妻があった。貧しく、わずかの米すらなかった。夫は村人たちが比丘を供養するのを見て、妻に向かって涙を流した。その涙は妻のひじに落ちた。妻はたずねた。
『どうして泣くのですか』
『私の父が生きてあるころは、財が倉に積まれ、倉が満ちていた。しかし、私の代になり、それは失われ、このとおり貧窮している。比丘に会って供養することさえできない。これは前世で施をしなかったために、今、貧しい身の上になっているのだ。今また施をしないために、未来の報いはこれ以上のものになるだろう。それが悲しくて泣くのだよ』
妻は夫に言った。
『試みに、親の旧い家に行ってみてください。もしかしたら少し物があるかもしれません。よく探してみてください』
夫が妻の言にしたがって、親の家に行ってみると、金貨をひとつ見つけた。妻は鏡を持っていた。家にあった瓶に清い水をいっぱいに入れ、その中に金貨を入れ、鏡を入れて比丘に施した。夫妻は願を立てて去った。このとき施を行じた夫妻の貧人が、今の金天夫妻である。このときの施の功徳によって、それより後、九十一劫、悪道に堕ちることはなかった。天上に生まれ、常に夫妻となって、身体は金色であり、常に福楽を受けた。そして今、私に会って出家し、道を得た」
そう説いたと語り伝えられています。

【原文】

巻2第8話 舎衛国金天比丘語 第(八)
今昔物語集 巻2第8話 舎衛国金天比丘語 第(八) 今昔、舎衛国の中に一人の長者有けり。家大きに富て、財宝無量也。一の男子を生ましめたり。其の児の身、金色にして、端正なる事、世に並び無し。父母、此れを見て、喜び愛する事限無し。児の身、金色なるに依て、名を「金天」と付たり。

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

仏教の開祖は釈迦であると語られるが、正確には誤りである。仏=釈迦ではないし、釈迦本人も自分以前に七人の仏があったと語っている(過去七仏)。実状もそれに近いもので、釈迦はすでにあった思想のなかから自分の思想をつくっていった人だ。

過去七仏。右端は未来仏である弥勒。アジャンター第17窟

仏教は釈迦以前のインドの思想に多くを負っている。例えば輪廻転生や因果応報は、釈迦が生まれるずっと以前からインドにあった考え方だ。

ここで述べられた毗婆尸仏は、過去七仏の最初の人とされる。九十一劫(一劫は宇宙が誕生し消滅する時間)昔の仏だそうだ。
この話は、現在、これ以上ないほど幸福を得ている夫婦が大昔に植えた善根が今も生きている、という壮大な話になっている。

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