巻二第三十六話 糞尿を食べる奇怪な子の話

巻二(全)

巻2第36話 天竺遮羅長者子閻婆羅語 第(卅六)

今は昔、天竺の毗舎離城(びしゃりじょう、バイシャリ)に長者がありました。名を遮羅(しやら)といいます。その妻は、懐任した後、身が臭く穢れて、すべての人が近づかなくなりました。月が満ちて、男子が生まれました。その児は瘠せ悴(おとろ)えていて、骨と皮ばかりでした。また、多くの糞尿を体に塗りたくって生まれました。父母はこの児を見ようとはしませんでした。

バイシャリ(インド、ビハール州)

児はやがて成長しました。家には在りましたが、父母になつくことを欲せず、ただ糞穢を食べていました。父母や多くの親族はこれを見ようとはせず、遠ざけて近づこうとはしませんでした。よそにいても、児は常に糞穢を食していました。世の人はこのありさまを見て、かぎりなく憎み嫌いました。こも児の名を閻婆羅(えんばら)といいました。

外道(仏教以外の信仰、バラモン教やヒンズー教を奉ずる者)が道を歩いていくと、この閻婆羅に出会いました。
「私の宗門に入りなさい」
苦行を教えて修させました。閻婆羅は外道の苦行を修しましたが、なお糞穢を食していました。外道はこれを見て、ののしり打ち、追い出してしまいました。

閻婆羅は逃げ、河の岸や海の中に住み、苦悩し愁歎していました。仏はこれをごらんになり、閻婆羅の住むところに行って、済度なさろうとしました。閻婆羅は仏を見て、歓喜して五体を地に投げ、出家を求めました。仏は言いました。
「汝、善く来た」
これを聞いたとたん、閻婆羅の頭髪は自然と落ちて、法服をまとっていたました。沙門となったのです。仏が法を説くと、身の臭穢は除かれ、阿羅漢(聖者)となりました。

ある比丘がこの様子を見て、仏にたずねました。
「閻婆羅は前世にいかなる業があって、罪報を受けたのですか。また、どんな縁があって、仏に出会い、道を得ることができたのですか」

仏は比丘に答えました。
「かつて、過去の賢劫のとき、拘留孫仏(くるそんぶつ、過去七仏)という仏が世に出た。同じころ、ある国王が、仏や多くの弟子の僧を宝殿に招き、寺を建造し、ひとりの比丘を寺の主とした。多くの檀越(施主)があり、多くの僧を沐浴させた。僧たちは沐浴を終えると、身に香油を塗った。

その中に一人の阿羅漢の比丘があった。寺の主は、これを見て、大いに怒り罵った。
『そこの出家の者よ。おまえの身に香油を塗るのは、糞を塗るのと同じだ』
羅漢(比丘)は寺主をあわれみ、神通を現じてみせた。虚空に昇り、十八変を成した。寺主はこれを見ると、懺悔して『この罪を除いてください』と願ったが、この罪によって、五百世(五百回生まれ変わる間)を常に身に臭穢をまとうことになり、人が近づかなくなった。しかし、かの羅漢に懺悔したことによって、今、私に出会い出家して、道を得ることができたのだ」
そう説いたと語り伝えられています。

拘留孫仏(ミャンマー、バガン)

【原文】

巻2第36話 天竺遮羅長者子閻婆羅語 第(卅六)
今昔物語集 巻2第36話 天竺遮羅長者子閻婆羅語 第(卅六) 底本、欠文。標題もなし。底本付録「本文補遺」の鈴鹿本により補う。 今昔、天竺の毗舎離城に一人の長者有り。名をば遮羅と云ふ。其の妻、懐任して後、身臭く穢れて、惣て人近付かず。十日に満て、男子を生ぜり。其の児、瘠せ悴(おとろ)へて、骨体連れり。又、多くの糞...

【翻訳】 草野真一

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