巻2第6話 老母依迦葉教化生天報恩語 第六
今は昔、天竺で迦葉(大迦葉、マハーカーシヤパ)尊者が里に出て乞食(こつじき)していました。尊者は思いました。
「私は富貴の家にはしばらく行かない。貧窮の人のところに行って、その施しを受けよう」
まずは三昧定(ざんまいじょう)に入って、貧しい人を探しました。王舎城(ラージャグリハ、マガダ国の首都。インド・ビハール州)の、ひとりの老母の所にまいりました。
老母はとても貧しく、町のごみごみして糞を集めたようなところに、病んで臥していました。腐った米の汁を、われた器に入れて、左右の枕元に置いていました。迦葉はここで食を乞いました。
老母は言いました。
「私は貧しく、病んでいます。供養できるようなものはありません。ただ腐った米の汁だけがあります。これを施したら、食してもらえますか」
迦葉は言いました。
「もちろんだ。すぐに施しなさい」
老母はこれを施しました。
迦葉はこの水を受け、飲みました。飲み終えると虚空に昇り、十八変(仏の神通)をあらわしました。老母はこれを見ると起きあがり、仰ぎました。
迦葉は老母に言いました。
「おまえはこの善根によって、何を願うのか。転輪聖王(世界の王)になりたいと思うか。帝釈天や四天王(仏教の守護神)になりたいか。人身を願うか。仏菩薩になりたいと願うか」
老母は答えました
「私は今の貧しさを厭います。天に生まれたいと願います」
数日後、老母は亡くなって、忉利天(とうりてん)に生まれました。神々しく、天地は揺れ動き、七つの日が一度に出たように輝きました。
帝釈天はなぜ天に生まれたか、その理由を尋ねました。天女になった人は思いました。
「私が天に生まれ、楽を受けているのは、迦葉を敬ったからだ。ご恩返しがしたい」
侍者の天女をつれて、香・花を持ち、天より下りて、迦葉を供養しました。供養し終えると、ふたたび天上に戻りました。
そのとき、仏は阿難(アーナンダ。釈迦の身辺の世話をした弟子)に語りました。
「老母の施しは、とても微少だったが、心をつくしたので、多くの福を得た。おまえも多くの人に布施をすすめなさい」
そう説いたと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
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