巻二第二十八話② 釈迦族の滅亡(武者小路実篤『わしも知らない』元話)

巻二(全)

巻2第28話 流離王殺釈種語 第(廿八)

より続く)

しばらく経って、好苦は流離王に進言しました。
「やはり、あの釈種は罸つべきです」
王はこれを聞き、ふたたび兵を集め、迦毗羅城に軍を進めました。

そのとき、目連が、仏の御許に詣でて申しました。
「流離王の軍がふたたび進軍しました。私は流離王と軍を、他方世界に投げやってしまおうと思います」
「釈種の宿世の報を、どうして他方世界に投げやることがきるだろう」
「たしかに、宿世の報は他方世界に投げやることはできません」
さらに目連は言いました。
「私は今、迦毗羅城を虚空の中に置きましょう」
「釈種の宿世の報を、どうして虚空の中に置くことができるだろう」
「たしかに、宿世の報は、虚空に置くことはできません」
さらに目連は申しました。
「私は鉄の籠をもって、迦毗羅を覆ってしまおうと思います」
「宿世の報を、どうして鉄の籠で覆うことができるだろう」
「たしかに、宿世の報を覆うことはできません」
目連は問いました。
「釈種を鉢に乗せ、虚空に隠してしまうことはできますか」
「宿世の報は、虚空に隠しても、逃れることはできない」
仏はひどい頭痛に悩まされ、横になりました。

流離王と四種の軍(象、馬、槍、歩兵の軍)が迦毗羅城を攻めたとき、多くの釈種が城を固め、弓箭(弓矢)で流離王の軍を射ました。釈種の矢はすべて当たり、みな倒れました。しかし、死ぬことはありませんでした。流離王の軍は恐れをなし、攻め入ることができませんでした。

好苦梵志(ぼんし、バラモン)は流離王に申しました。
「釈種はみな兵の道を極めています。しかし戒があるために、虫すら害することができません。人を殺すことができないのです。したがって、命を奪うつもりで射ってはきません。恐れず攻め入るべきです」
この言葉を聞き、軍は恐れず攻め寄せました。釈種は防ぐことができずに、みな引いて、城の内に入りました。このとき、流離王は城の外で言いました。
「すみやかに城の門を開け。もし開かなければ、皆殺しにする」

そのとき、迦毗羅城の中に、ひとりの釈種の童子がありました。奢摩(しゃま)という十五歳の少年です。流離王が城の外に在ることを知り、鎧を着て、弓箭を携え、城壁の上でひとり流離王の軍と戦いました。童子は多くの人を殺し、軍はちりぢりに逃げました。王はおおいに恐れました。多くの釈種は、奢摩を呼び、言いました。
「おまえはまだ若い。なぜ、われわれ一門の掟に背くのか。釈種は善法を修行して、虫さえも殺さず、人をあやめることもない。それを知らないのか。すぐさまここを去りなさい」
これを聞いて、奢摩はすぐさま城を出ていきました。

流離王はなお門の前に在り、「すみやかに門を開け」と言っていました。そのとき、魔が釈種の形をとって言いました。
「おまえたち、すぐに門を開け。戦ってはならない」
釈種は城門をひらきました。流離王が言いました。
「釈種はとても数が多く、刀剣をもって殺すことはできない。象に踏み殺させよ」群臣は王の命にしたがいました。象軍は多くの釈種を踏み殺して進みました。

Battle of Zama by Henri-Paul Motte, 1890

王はまた群臣に命じました。
「容姿端麗な釈種の女を五百人選んでつれて来い」
群臣は王の仰せのとおりに、端正な五百人の女を王の前に連れてきました。
王は釈女に言いました。
「おまえたち、恐れ歎くことはない。私はおまえたちの夫である。おまえたちは私の妻だ」
端正な釈女をひとり選び、体をまさぐると、女が言いました。
「大王様、何をするのですか」
「私はおまえと通じたいと欲する」
女は言いました。
「私は釈種です。奴婢の生んだ子と通じることなどできません」
それを聞くと、王は大いに怒り、群臣に命じて、女の手足を切り、深い坑の中に落としてしまいました。
五百人の釈女はみな王をののしりました。
「奴婢が生んだ王と誰が通じるものか」
王はさらに怒り、五百人の釈女の手足をことごとく切り、深い坑の中に捨てました。

そのとき、摩訶男(釈摩男)が王に向かって言いました。
「私の願いを聞いてください」
「何か」
「私は水の底に沈みます。沈んでいる間だけ、釈種を放ち、逃してやってください」
「願いを聞き届けよう」

摩訶男は、水の底に沈み、髪を(沈んだ)樹の根に結んで死にました。釈種たちはあるいは東門より出て南門より入り、あるいは南門より出でて北門から入りました(はげしく混乱していた)。
王は群臣に問いました。
「どうして摩訶男は水から出てこないのか」
「摩訶男は水の中で死にました」

王は摩訶男の死体を見て悔いました。
「私の祖父は死んでしまった。親族を愛していたためだ」
流離王によって殺された釈種は九千九百九十九人でした。あるいは土の中に埋められ、あるいは象が踏み殺しました。その血は流れて池になりました。宮殿はすべて焼かれました。

目連は何人かの釈種を鉢に乗せ、虚空に隠していました。鉢を取り下ろして見ると、鉢の中の人は死んでいて、一人も生きてはいませんでした。仏は「宿世の報は、虚空に隠しても、逃れることはできない」と言いましたが、そのとおりになりました。

仏はおっしゃいました。
「流離王および兵たちは、七日後にみな死ぬだろう」
王はこれを聞いて恐怖して、兵たちに告げました。好苦梵志は申しあげました。
「大王よ、恐れなさいますな。今は国の周囲に難はありません。災いは起こりません」
王は恐れをまぎらわすために、阿脂羅河(ラプティ川)に多くの群臣や女たちをひきつれ、遊び戯れていました。すると、にわかに雷がとどろき暴風が吹いて大雨が降りました。王もその他の人々も、みな水におぼれて死にました。全員が阿鼻地獄に入りました。また、天より火がやってきて、宮殿を焼きつくしました。
殺された釈種は、みな天に生まれました。戒を守っていたからです。

ある仏弟子の比丘が仏に問いました。
「釈種はどんな業があったために、流離王に殺されたのですか」

西ラプティ川(ネパール)

仏は答えました。
「昔、羅閲城(王舎城)に、魚を捕る村があった。飢饉が起こったが、村には大きな池があり、人々は池で魚を捕らえて食べていた。
二匹の魚がいた。一匹は拘璅といい、二匹目は多舌といった。二匹は語り合った。
『私たちは前世に咎はない。しかし今、人々に食われようとしている。もし私たちが前世に福をもっているならば、必ず復讐し怨みをはらそう』

そのとき、村の少年がこの様子を見ていた。少年は八歳、その魚を捕らえようとはしなかった。ただ、魚が岸の上にいるのを見て、おもしろがっていただけだ。

知るがいい。このとき羅閲城にいた人々が、今の釈種である。拘璅魚は今の流離王であり、多舌魚は好苦梵志である。魚を見て笑っていた小児は、今の私である。そのときあやまって魚の頭を打ってしまったために、今でもときおり頭痛に悩まされる。釈種は魚を捕えた罪によって、無数劫(一劫は宇宙が誕生し消滅する時間)の間、地獄に堕ち、苦を受けねばならない。たまたま人に生まれ、私に会うことができたのである。報を感じていることだろう。流離王や好苦、兵たちは、釈種を殺した罪で、阿鼻地獄に堕ちるだろう」そう説いたと語り伝えられています。

【原文】

巻2第28話 流離王殺釈種語 第(廿八)
今昔物語集 巻2第28話 流離王殺釈種語 第(廿八) 底本、欠文。標題もなし。底本付録「本文補遺」の鈴鹿本により補う。 今昔、天竺の迦毗羅衛国は仏の生れ給へる国也。仏の御類、皆な其の国に有り。此をば釈種と名けて、其の国に勝れて家高き人と為る此れ也。惣て五天竺の中には、迦毗羅衛国の釈種を以て、止事無き人とす。

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

初期仏教教団に釈尊の親族が多かったことは「十大弟子」と呼ばれる弟子の中に係累が多いことでもわかる。釈迦は定道(さとりをひらく)した後に自分の妻も子も出家させ弟子とした。

ここに描かれているのはあきらかな差別である。教場で座る席がちがうって、アメリカ南部の黒人差別と同じじゃないか。

この差別がやがて釈種(釈迦族)の滅亡を招く。

迦毗羅衛国の場所は現在ではわからなくなってしまっており、世界中の学者によってさまざまな説が主張されている。

城門での攻防が物語の大きなクライマックスになっているが、この場合の「城」は町の外に城壁をめぐらせた大陸型のものであり、「都市の壁」というほどの意味である。「城壁の外に町がある」日本型は、世界的には特殊な形態だ。

巻五第二十九話 大魚の肉を食べた五人の山人の話
巻5第29話 五人切大魚肉食語 第廿九今は昔、天竺の海辺の浜に、大魚が寄りました。そのとき、山人(木樵など)が五人、通りかかりました。五人はこの大魚を見ると、魚の肉を切取って食べました。それを始めとして、世の人がこのことを聞いて集まり...
巻一第二十三話② 旅路の果てに道を求めた王の話
巻1第23話 仙道王詣仏所出家語 第廿三 (巻一第二十三話①より続く) 仙道王は影勝王に書状を送りました。 「私はあなたのおかげで真諦(真理)を得ました。願わくは、比丘(僧)に会ってみたいと思っています。わが国に呼んでいただけますでし...
巻四第二話 失われた美味の話
巻4第2話 波斯匿王請羅睺羅語 第二 今は昔、天竺。仏が涅槃に入った後のことです。波斯匿王(はしのくおう、プラセーナジット王)は羅睺羅(らごら、ラーフラ。釈尊の息子にして弟子)を招き、百味の飲食で歓待しました。大王と后は、自ら手に取って食...
巻三第三話 目連が空を飛び多くの世界を訪れた話
巻3第3話 目連為聞仏御音行他世界語 第三今は昔、仏の御弟子の目連(モッガラーナ)尊者は神通力が一番の御弟子でした。諸々の御弟子や比丘に「我々は仏のお声を所々で聞くが、常に同じ声でただおそばで聞いているようだ。そこで、私は神通力をもって...
巻三第五話 舎利弗と目連が神通力を競った話
巻3第5話 舎利弗目連競神通語 第五今は昔、仏が祇園精舎にいらっしゃるときに、多くの弟子達が集まってきましたが、舎利弗(サーリプッタ)がまだ来られませんでした。そこで仏が目連(モッガラーナ)に告げておっしゃるには「汝、速やかに舎利弗のと...

【協力】ゆかり

にっぽん ってどんな国? | What is japan like?
What is japan like?

コメント

タイトルとURLをコピーしました