巻4第2話 波斯匿王請羅睺羅語 第二
今は昔、天竺。仏が涅槃に入った後のことです。波斯匿王(はしのくおう、プラセーナジット王)は羅睺羅(らごら、ラーフラ。釈尊の息子にして弟子)を招き、百味の飲食で歓待しました。大王と后は、自ら手に取って食物を供養しました。羅睺羅はこれを受けて、一箸食して後、幼い子のように涙を流して泣きました。
大王と百官はこれをとても不思議に思い、羅睺羅に問いました。
「私は心をつくしてとてもていねいに供養しました。なぜ哭くのですか。理由を教えてください」
羅睺羅は答えました。
「仏が涅槃に入ってから、さほどの時間は経っていません。しかし、この飯の味わいは、変わって悪くなりました。今の時代よりのちの世(末法)の衆生の食事はどんなものになるだろうと考えると悲しくて仕方ありません」
しばらく涙を流していました。
その後、大王の前で、羅睺羅は腕を伸ばし地の底の土の中より、飯一粒を取り出しました。
「これは仏の在世の時の飯です。断惑の修行をしている聖人が埋めたものです。この飯と、今の供養の飯と、食べくらべてみてください」
大王は地中の飯を嘗めました。言いようのない味がしました。供養の飯と比べるまでもありません。毒のような味がしたからです。これは甘露のようでした。
羅睺羅は言いました。
「世の聖人がすべて亡くなってしまえば、この飯の所在を知る者もいなくなります。地の神(堅牢地神)はこれを、五百由旬の地の底に埋めてしまいました」
王は問いました。
「では、その味はもう味わうことができないのですか」
羅睺羅は答えました。
「仁王経を講じる所には、必ずこの味があるでしょう」
末世(末法)の衆生の為には、仁王講は善根をなすために必要である。語り伝えたといいます。
【原文】
【翻訳】
柴崎陽子
【校正】
柴崎陽子・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
柴崎陽子
波斯匿王はインドの大国コーサラ国の王で、王子が釈迦に祇園精舎を寄進しています。
この話は、釈迦が出家前につくった息子であり、出家して十大弟子のひとりとなった羅睺羅が、「釈迦が死んでごはんがまずくなった」と語る話。で、結論は末法の世はもっとまずいから仁王講をしっかりやりましょうとなっています。仁王講とは簡単にいえば『仁王経』を読誦する会で、主として護国のため、天変地異を鎮めるために開催されたそうです。
釈迦の死後を3つにわけ、正法・像法・末法とする考えは日本にも大きな影響を与え、鎌倉新仏教の誕生の大きなきっかけとなりました。
今は末法なので、ごはんは相当まずいはず。というか、昔はどれほどおいしかったんだろう。
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