巻2第14話 阿育王女子語 第(十四)
今は昔、天竺で、仏は阿難（アーナンダ、釈尊の身の回りの世話をした弟子）や多くの比丘とともに、王舎城（マガダ国の都、大陸では城門内に町がある）に入って、乞食（托鉢）をしていました。
町に至ると、二人の小児がありました。一人を徳といい、もうひとりを勝といいます。二人の小児は戯れに土で家や倉の形をつくり、土をこねて麦の粉だといって、倉に積み置きました。そんな遊びをしているとき、仏がいらっしゃいました。二人の小児は、仏の相好が端厳で、金色の光を放ち、城内をあまねく照らすのを見て、歓喜の心を発しました。小児たちは倉に積んだ麦の粉と呼んだ土を取り、仏にささげて願いました。
「わたしたちを将来も広く天地に供養できるようにしてください」
その後、この二人の小児は命を終えました。仏が涅槃に入って百年後に転輪聖王（理想的な王）となり、閻浮提（えんぶだい、人間世界）を正法をもって治めました。名を阿育王（アショーカ王）といいます。閻浮提に仏の舎利（遺骨）をおさめた八万四千の宝塔をつくりました。また、多くの僧を宮殿に招いて供養しました。
アショーカ王柱（ヴァイシャリー、紀元前250年頃）
そのとき、王宮に一人の婢がありました。貧しく、いやしい者でした。婢は王のさまを見て思いました。
「王は前世で善根を修したために、転輪聖王と生まれることができたのだろう。今、王はさらに善根を積まれている。来世の果報は今の生に勝るだろう。私は前世で罪を犯したために、今、貧窮下賤の身となっている。今、善根を修することがなかったなら、来世はますます賤しい者となるだろう」
泣き悲しみながら糞便の掃除をしていると、銅の銭を見つけました。婢は心に喜びを感じ、この銭を僧に施しました。
久しからずして、婢は病を受け、命を終えました。彼女はすぐに阿育王の后の腹に宿りました。十月が満ちて、后は一人の女子を生みました。世ぶもののない美しい子でした。この子は常に右の手を握っていました。
アショーカ王のレリーフ
子が五歳になったころ、后は王に申しあげました。
「この子は常に右の手をにぎっています。私にはその理由がわかりません」
王は、女子を膝の上にのせて、右の手を開いてみました。掌の中に、金貨がひとつありました。王がこれをとって掌の中を見ると、さらに金貨がありました。不思議に思ってまたとると、新しい金貨が生まれました。こうして、掌の中の金貨は尽きることがなく、すぐに倉は金貨でいっぱいになりました。
王は不思議に思って、奢上座（しゃじょうざ、上座は高僧の意）に娘を見せて問いました。
「これは前世でいかなる福を積んだために、掌に金貨を生じ、尽きることがないのか」
上座は答えました。
「この娘の前世は、王宮の婢でした。糞便を掃除しているとき、銅銭をひとつ見つけました。彼女は心を発し、これを僧に施しました。その善根によって、今、王の家に生まれ、美しい姿をして、掌に金貨をにぎって尽きることがないのです」
そう説いたと語り伝えられています。
【原文】
【翻訳】 草野真一
【解説】 草野真一
インドのカースト制度は今なお大きな問題として語られておりますが、この話はその思想を背景としています。日本（大和朝廷）ができる何世紀も前のお話。
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