巻二第二十九話 淫奔な女に殺された仏弟子の話

巻二(全)

巻2第29話 舎衛国群賊殺迦留陀夷語 第(廿九)

今は昔、天竺の舎衛国(コーサラ国)に婆羅門(バラモン=カーストの最上位、僧侶階級)がありました。深い道心があり、常に迦留陀夷(かるだい、カールダーイー)羅漢(高僧)を供養していました。この婆羅門は、死に臨み、息子の婆羅門に伝えました。

「もし孝養の心があるならば、私が死んだ後、私と同じように大羅漢を供養しなさい。ゆめゆめ粗末に扱うことがないように」
そう語り終わると、すぐに亡くなりました。

その後、子の婆羅門は深く父の遺言を守り、ねんごろにこの羅漢を供養し、昼夜の区別なく供養し、かぎりなく帰依しました。ある日、婆羅門は用事ができて、遠方に行かなければならなくなりました。妻に伝えました。
「私が外出している間、大羅漢を心から供養せよ。決して不自由な思いをさせてはならない」
そう言い置いて、遠い地に旅立ちました。

婆羅門の妻は美しく端正で、淫奔な女でした。国の五百人の群賊(盗賊)の中に、この妻の美麗なのを見て、愛染の心をおこす者がありました。賊人はひそかに妻を呼び寄せて、本意をとげました。

大羅漢はこれを目撃してしまいました。妻は羅漢が夫に語ることを恐れて、賊人を使い、この羅漢を殺してしまいました。

波斯匿王(プラセーナジット王)は言いました。
「私の国で、気だかくやんごとない証果の聖人の大羅漢が、婆羅門の妻のせいで殺されたのだ」
歎き悲しみ大いに怒り、五百の群賊を捕らえ、手足を切り落とし、頸を切って皆殺しにしました。婆羅門の妻も殺しました。さらに、その家の近辺、八千余家をことごとく破壊し滅しました。

仏の御弟子たちはこれを見て、仏に問いました。
「迦留陀夷は前世にどんな悪をなしたために、婆羅門の妻によって殺され、このような大事をひきおこしたのですか」。

仏は諸比丘(多くの僧)に告げました。
「迦留陀夷は昔、過去の無量劫(一劫は宇宙が誕生し消滅する時間)のとき、大自在天(シヴァ神。ヒンドゥー教の神)を祀る主であった。そのとき、五百の信徒とともに、一匹の羊を捕らえ、四足を切り、天に祀った(いけにえにした)。その罪によって地獄に堕ち、常に苦を受けることになった。そのときに殺された羊が、今の婆羅門の妻である。大自在天を祀った人は、今の迦留陀夷である。五百の信徒は、今の五百の群賊である。殺生の罪は重く、世々を経ても失われない。殺し殺され、このように報いを受け続ける。迦留陀夷は人に生まれ、羅漢になることができたけれども、今なお悪業が残っていて、罪の報いを受けているのだ」
そう説いたと語り伝えられています。

An ancient sculpture of Shiva at the Elephanta Caves, Maharashtra. 6th century CE

【原文】

巻2第29話 舎衛国群賊殺迦留陀夷語 第(廿九)
今昔物語集 巻2第29話 舎衛国群賊殺迦留陀夷語 第(廿九) 底本、欠文。標題もなし。底本付録「本文補遺」の鈴鹿本により補う。 今昔、天竺の舎衛国に一人の婆羅門有り。殊に道心有て、常に迦留陀夷羅漢を供養す。婆羅門に一人の子有り。父の婆羅門、死ぬる時に臨て、子の婆羅門に語て云、「汝ぢ、我れに孝養の志有らば、我が死な...

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

いけにえを捧げることは現在もヒンドゥー教の宗教儀礼としておこなわれている。仏教もヒンドゥー教もバラモン教を母胎として生まれたため、共通の部分を持つが、仏教はいけにえを殺生として否定している。
ちなみに牛豚うめえうめえって喰ってるおまえにいけにえ残酷とか言う権利ねえからな。

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