巻二第十五話 須達の美しい娘が十の卵を産んだ話

巻二

巻2第15話 須達長者蘇曼女十卵語 第十五

今は昔、天竺の舎衛城(コーサラ国の首都、祇園精舎がある)の中に(インドでは城の中に街がある)、一人の長者がありました。須達(しゅだつ、スダッタ。祇園精舎をつくった人)といいます。
彼のたくさんの子のうち、もっとも小さな女の子の名が蘇曼といいました。姿かたちはとても美しく、世に並ぶ者はありませんでした。父の長者は、彼女を深く愛し、ほかの子に勝りました。父は外出するとき、かならず彼女をともなって、離すことはありませんでした。

あるとき、父の長者はこの女子とともに祇園精舎を詣でました。女子は仏を見て、歓喜を感じ思いました。
「私は仏の部屋に香を塗ろう」
女子は家に帰ると種々の香を買い、祇園精舎に詣でて、みずから香を練り磨いて、部屋に塗りました。

そのとき、叉利国(しゃりこく、徳叉尸羅国、タキシラ)の王が没し、王子がこの国を訪れて、祇園精舎に詣でていました。蘇曼がみずから香を練り磨く姿を見て、その美しさに、たちまち愛の心を起こしました。婦(側妻)にしたいと考え、波斯匿王(はしのくおう、プラセーナジット、舎衛国の王)のもとに参り言いました。
「私は蘇曼を婦にしたいと思います」
波斯匿王は答えました。
「あなたが自分で言いなさい。私が勧めることはできません」
王子は王の言を聞き、本国に帰って思いました。
「私は謀って蘇曼を奪おう」

王子は眷属(家臣)とともに舎衛城をおとずれ、蘇曼が祇園精舎に参ったとき、象に乗せて本国に帰りました。須達は人をやって返してくれるよう頼みましたが、王子はそれをせず、国に連れ帰って妻としました。

その後、蘇曼は懐妊して十の卵を生みました。卵から十人の男子が生まれました。みな端正で、心が武く力が強い武人に育ちました。

十人の男子は「仏が舎衛国にある」と聞いて、父母に許可をもらい、舎衛国に詣でました。十人はまず祖父の須達長者の家に行きました。長者は孫を見ておおいに喜び、仏のもとに参りました。仏は十人のために法を説きました。十人の男子は法を聞き、みな須陀洹果(しゅだおんか、聖者の位)を得ました。

阿難(アーナンダ、釈尊の身の回りの世話をした弟子)はこれを見て仏にたずねました。
「彼らは宿世(過去)にどんな福をたくわえたために、富貴の家に生まれ、姿は端正で、仏に出会い出家して、道を得ることができたのですか」

仏は阿難に告げました。
「昔、過去の九十一劫(一劫は宇宙が誕生し消滅する時間)に、毗婆尸仏(ぴばしぶつ、過去七仏)が涅槃に入られた(没した)。舎利(遺骨)をわけ、多くの塔を建てた。そのとき、崩れ壊れた塔があった。一人の老母があり、これを修治した。そのとき、十人の若者が通りかかった。彼らはこれを見て、ともに修治し、願を発した。
『願わくは、この功徳によって、未来永劫、常に母子兄弟となって、同じ所に生まれますよう』
この時の老母が、今の蘇曼である。年少の十人が蘇曼の十子である。過去の善願によって、九十一劫の間、彼らは悪道(地獄・餓鬼・畜生)に堕ちなかった。天上界または人間界に生まれ、常に福を得、楽を受けた。また、三つの勝れた報を得た。一に姿が端正なこと。二に人に愛されたこと。三に長命であったこと。そして今、私に出会い、出家して道を得たのだ」

塔を修治する功徳ははかりがたいものがあります。
僧祇律』にこうあります。「百千の金をもって布施を行ずるより、一団の泥をもって、心を至して仏塔を修治すべし」
そう語り伝えられています。

【原文】

巻2第15話 須達長者蘇曼女十卵語 第(十五)
今昔物語集 巻2第15話 須達長者蘇曼女十卵語 第(十五) 今昔、天竺の舎衛城の中に、一人の長者有り。須達と云ふ。最少の女子有り。名を蘇曼と云ふ。其の形、端正にして、世に並び無し。父の長者、此れを愛する事限無くして、他の子共に勝れたり。然れば、父、家を出でて行く時は、常に此の女子を離さずして、相具せり。

【翻訳】 草野真一

【解説】 草野真一

須達と祇園精舎

須達は祇園精舎を建造する広い土地を金貨をしきつめることで買い取り、近郊に釈尊の拠点を築いた人である。いいかえれば祇園精舎とは須達の財力で成ったといっていい。

祇園精舎を金貨で埋めつくすスダッタ

祇園精舎の建立は釈迦在世時、すなわち紀元前5世紀ごろのこと。このころすでに貨幣をつかった不動産売買がおこなわれていたことがわかる。同じ時代、日本はまだ国の体をなしておらず邪馬台国さえなかった。聖徳太子は紀元7世紀の人だから、千年以上の開きがある。どんだけ進んでんだよインド、というツッコミを入れたくなる話である。

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叉利国と卵生

叉利国(徳叉尸羅国)とは、タキシラ(ガンダーラ地方の中心、現在のパキスタン)である。インドを統一したアショーカ王は即位する以前、この地の太守であったとされ、仏教にはゆかりの深い土地であった。現在も多くの遺跡が残っている。

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「人が卵から生まれる」というのは現代日本の常識では奇怪だが、古代インドではそうでもなかったらしく、剛力の男子が同時に何人も生まれたことを表現するとき卵から生まれたとすることが多かったようだ。じっさい十人の男子がひとりの女から同時に生まれるのはあり得ないことだから、卵から生まれたとしたのだろう。

考えてみればわが国の『南総里見八犬伝』は犬を父とした八人の男子が宝玉から生まれる話なわけで、それに比べたら荒唐無稽ではないのかもしれない。

『南総里見八犬伝』表紙(国会図書館)

略奪愛

これは叉利国の王子による略奪(誘拐)であり、須達はむろんのこと略奪された蘇曼も王子を知らない。現代日本ではまちがいなく犯罪だが、須達は財力はあっても身分がちがい、王子の略奪をとがめることができなかったと思われる。王子が舎衛国の王・波斯匿王にのみ希望を伝えている(スジを通している)のもおそらくそのせいだ。

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