巻二十九第八話 冷たい川に落ち犬に食われた女の話

巻二十九

巻29第8話 下野守為元家入強盗語 第八

今は昔、下野(しもつけ)の守藤原為元※1という人がいました。家は三条大路よりは南、西洞院大路よりは西に当たる所にありました。

さて、十二月のつごもりの頃に、その家に強盗が入りました。
隣家の人々が驚いて騒ぎましたので、はかばかしくもなく物も取らないうちに盗人は「取り囲まれる」と思って、その家にいらっしゃった身分の高い女房を人質に取って、抱きかかえて逃げ出しました。

三条大路を西に向かって逃げましたが、この人質を馬に乗せて、大宮大路の辻まで来たところで、「追手がやって来た」と思い、この女房の御衣を剥ぎ取り、女房は捨てて逃げました。

女房はこんな目にあったことは初めてで裸で恐ろしいと思っているうちに、大宮川に落ちてしまいました。水には氷が張っていて、風の冷たいこと限りありません。水から這いあがり、近くの家に立ち寄って門を叩きましたが、恐れて誰も聞き入れてくれません。そのため、女房は遂に凍えて死んでしまい、犬に食われてしまいました。
翌朝見ると、たいそう長い髪と、真っ赤な頭と、紅の袴とが、切れ切れになって氷の中に残っていました。

大宮川。日吉大社を通り琵琶湖に入る。

その後、宣旨が下り、
「もしこの盗人を捕らえて突き出した者があれば、莫大な恩賞を与える」
と発表されましたので、大変な評判になりました。
この事件については、荒三位(こうざんみ)※2といわれる藤原□□という人が疑われました。それは、この荒三位が、あの犬に食われた姫君に懸想したが、聞き入れてもらえなかったので起こしたことだと世間の人は噂しました。

ところで、検非違使(けびいし)左衛門尉(さえもんのじょう)平時道が宣旨を承って犯人を捜査していました。大和国に下る途中に山城国に柞の杜(ははそのもり)※3という所の辺りで一人の男に会いました。
この男が、検非違使を見て平伏した様子が怪しかったので、その男を捕らえて奈良坂に連行し、
「お前は何か悪事を犯したのであろう」
と厳しく尋問を続けました。男は、
「決してそのような事はしておりません」
と否認しましたが、責めて尋問しますと、
「一昨年の十二月のつもごりの頃、人に誘われて、三条と西の洞院にあるお屋敷に押し入りました。何も取ることが出来ず、身分ある女房を人質に取りまして、大宮の辻に捨てて、逃げました。その後承るところでは、凍死して犬に食われなさったということです」と白状した。

時道は喜んで、その男を連行して京に上り、事の次第を申し上げますと、「時道は大夫の尉(たいふのじょう)に昇進するだろう」と世間で噂されましたが、その賞はなく終わりました。

「必ず恩賞を与える」との仰せがあったが、どういう事情があったのでしょうか。
が、遂に時道は五位に叙せられ、左衛門大夫となりました。世間の人がこぞって非難したからでありましょう。

これを思うに、たとえ女であろうとも、やはり寝室などは十分用心しておくべきです。「油断して寝ていたからこのように人質に取られたのだ」と人々は言い合った、とこのように語り伝えているとのことでございます。

【原文】

巻29第8話 下野守為元家入強盗語 第八
今昔物語集 巻29第8話 下野守為元家入強盗語 第八 今昔、下野の守藤原の為元と云ふ人有けり。家は三条よりは南、西の洞院よりは西になむ住ける。 十二月の晦比に、其の家に強盗入にけり。隣の人、驚き合て喤ければ、墓々しく物も否(え)取り得で、盗人、「籠められぬ」と思えければ、其の家に吉き女房の御けるを、質に取り抱て出...

【翻訳】 松元智宏

【校正】 松元智宏・草野真一

【協力】 草野真一

【解説】 松元智宏

※1 生没年未詳。1000年前後の人。従五位下。
※2 粗暴な三位という意味で、藤原道雅の異名。


※3 京都府相良郡精華町祇園。

犬に食われる平安の治安

冬の川に落ち、犬に襲われるとは、何とも悲惨な最期です。女性が犬に襲われた翌朝、発見された時の描写がきめ細かくて目を引きます。
「朝(つとめて)見ければ、糸長き髪と、赤き頭と、紅の袴と、切々にして、凍の中に有ける。」
(翌朝見ると、たいそう長い髪と、真っ赤な頭と、紅の袴とが、切れ切れになって氷の中に残っていました。)
犬にかまれた頭の肉の色と、袴の紅色が重ねて表現され、しかもそれが切れ切れになって氷の中に残るという、今昔物語ではあまり見ないくらいのきめ細かい描写です。平安の都には、このような光景も町の日常の一部だったのでしょうか。

この話をもとに「物語化」について考察されています。

事実や伝承を物語化することについて

【参考文献】
新編日本古典文学全集『今昔物語集 ④』(小学館)

この話を分かりやすく現代小説訳したものはこちら

現代小説訳「今昔物語」【隣を羨んだ一家の末路】巻二十九第七話  藤大夫□□の家に入りし強盗の捕へらるること 29-7|好転する兎@古典の世界をくるくる遊ぶ
 今も昔も、人が持っているものって欲しくなるものであります。「富者をうらやんでこれを嫉視するのは、自分の努力の足りぬ 薄志弱行のやからのやることだ。幸福は自らの力で進んでこれを勝ち取るのみだ。」と渋沢さんは言いますが、勝ち取るやり方にもいろいろございますもので・・・  左京の綾小路沿いには公家の邸宅が並ぶため、小路は...

 

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