巻二十第五話 木から落ちた女天狗の話

巻二十

巻20第5話 仁和寺成典僧正値尼天狗語 第五

今は昔、仁和寺に成典僧正という人がありました。俗姓は藤原氏であり、広沢の寛朝大僧正を師として真言の密法を受け、行法を怠ることがなかったので、僧正まで出世しました。

仁和寺の辰巳(東南)の方角に、円堂と呼ばれるお堂がありました。「天狗がいる」という噂があり、人々に恐れられていたところです。

仁和寺金堂(国宝、京都府京都市)

ある夜、僧正はこの堂に、ただひとりで参り、仏前で行法を修しておられました。すると、戸のすきまから、帽子をかぶった尼の顔がのぞきました。

僧正が「こんな夜中にのぞくとは何者だろう」と考えていると、尼はすばやく入って来て、そばに置いた三衣筥(さんえばこ、僧の衣を入れた箱)を奪って逃げました。僧正は追いかけました。
尼は堂の後戸から出て、高い槻(つき)の木の上に登りました。

僧正はこれを見て、加持(印を結び真言をとなえ祈念する)しました。尼は耐えられず木から落ちました。僧正と尼はしばらく三衣筥のひっぱりあいをしていましたが、やがて尼は筥の片端を引き破り、逃げ去りました。

尼が登った木は、今でもあるといいます。尼は「尼天狗」だと伝えられています。

【原文】

巻20第5話 仁和寺成典僧正値尼天狗語 第五 [やたがらすナビ]

【翻訳】
草野真一

【校正】
草野真一

【協力】
草野真一

【解説】
草野真一

寺とは堂宇の集まりであり、広大な面積を持つものであるといわれても、関東以北に住む人はピンと来ないかもしれない。関東の寺ってしょぼいの多いから。

広大な寺領をもつ寺は、関東にもあった。
たとえば上野公園は、もともと寛永寺という巨大な寺の敷地を公園に改造したものだ。公園の中には五重塔やら弁天堂やら、寛永寺の遺構が残されているが、もともとは全部が寛永寺だった。今の東京国立博物館の敷地に本坊(貫主の住坊)があったらしい。

この話は京都の大寺、仁和寺を舞台としている。

「尼天狗」とは、通常は法師の姿をしているといわれる天狗のメスである。

芝全交『風雷神天狗落種』(1782年)より

多くの寺が女人禁制だった時代のこと、女性は基本的に寺にはいない。仁和寺も同様だろう。だとすれば、僧正が見た尼とはどういう意味があったのかも理解できる。

『新日本古典文学大系 36 今昔物語集 4』(岩波書店)は、尼と僧正がひっぱりあいをした箱とは僧正のシンボルであろうと述べている。

ときに、女人禁制についてあれこれ言う人に聞きたいんだ。女性専用車両、ありゃなんだ?

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