巻31第27話 兄弟二人殖萱草紫苑語 第廿七
今は昔、□国□郡に住む人がありました。
男の子が二人ありましたが、父が死んだので、その二人の子は深く嘆き悲しみ、何年経っても忘れることができませんでした。
昔は死んだ人は土葬にしたので、この父も土に葬り、二人の子は父が恋しいときには連れ立ってその墓に行き、我が身の憂いも嘆きも、生きた親に向かって話すように、涙ながらに話しては帰って行きました。
やがていつしか年月も積もり、この二人の子は朝廷に仕え、個人的なことを顧みるいとまもないようになったので、兄は、「私はこのままでは思いを断ち切れれそうもない(なぐさめを得られそうにない)。萱草(かんぞう)という草は、人がこれを見ると、思いを忘れてしまうということだ。だから、その萱草を墓のほとりに植えてみよう」と思って植えました。
その後、弟は常に兄の家へ行き、
「いつものようにお墓にお参りに行きませんか」
と誘いましたが、兄は都合が悪いことばかりが重なり、一緒に行くことがまったくなくなってしまいました。
そこで弟は兄を、「じつに無情な人だ」と思い、「我ら二人して父を恋しがっているということを拠り所にして、今まで日を暮らし夜を明かしてきたのだ。兄はもう忘れてしまったが、自分だけは決して父を恋しく思う心を失うまい」と思って、「紫苑(しおん)という草は、人がこれを見ると、心に思うことは忘れないということだ」と思いつき、紫苑を墓のほとりに植えて、常に行っては見ていたので、いよいよ忘れることがないのでした。
このように年月を送るうち、あるとき墓の中で声がしました。
「わしは、おまえの父の骸(かばね)を守る鬼だ。何も怖がることはない。わしはおまえをも、また守ってやろうと思う」と。
弟はこの声を聞いて「ひどく恐ろしいことだ」と思いながら、答えもせずに聞いていると、鬼がまた言いました。
「おまえが父を恋しく思う気持ちは、年月を経ても少しも変っていない。兄はおまえと同様、恋い悲しんでいるように見えたが、想いを忘れる草を植え、それを見て、もはや思い通りになった。おまえもまた紫苑を植えて、それを見て、思い通りになった。そこでわしは、父を恋うおまえの志の並々ならぬことに感心した。わしは鬼の身を得ているとはいえ、慈悲の心があるゆえ、ものを哀れむ心は深い。またその日のうちに生ずる善悪のことを明らかに予知することができる。されば、わしはおまえのために、それを見せてやろうと思う。夢で必ず報せてやろう」
と言って、その声が止みました。
弟は、涙を流して、この上なく喜びました。
その後は、その日のうちに起こることを間違いなく夢に見ました。
そして身の上に起きる諸々の善悪のことをはっきりと予知しました。
これも親を恋うる心が深いためであります。
されば、嬉しいことのある人は紫苑を植えて常に見るべきであり、憂いのある人は萱草を植えて常に見るべきである、とこう語り伝えているということです。
【原文】
【翻訳】 柳瀬照美
【校正】 柳瀬照美・草野真一



【参考文献】
小学館 日本古典文学全集24『今昔物語集四』










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