巻五第十六話 果物を好む王が仏法を探し求めた話

巻五

巻5第16話 天竺国王好美菓又与美菓語 第十六

今は昔、天竺に国王がありました。常に美菓(美味な果物)を好み、楽しんでいました。
ある日、王宮を守る者(宮守)が池のほとりでおいしそうな果物を見つけました。
「国王が好むものだ」
彼はそれをとり、国王に奉りました。

国王はこれを食べて驚きました。世のどんな果物の味にも似ておらず、このうえなく甘美だったからです。即座に宮守を召して、言いました。
「おまえが奉った果物は、これ以上ないほどうまい。どこにあるのだ。場所を知りたい。今後は、常にこの果物を献上せよ。もしそれを怠れば、おまえを罪人とする」
宮守は果物を見つけたときのことをくわしく語りましたが、王は取り上げませんでした。
彼は果物を見つけた池のほとりに行き、涙を流しました。

人がやってきて問いました。
「どうして泣いているのですか」
宮守は答えました。
「昨日、この池のほとりで、果物を見つけました。国王に奉りました。王はこれを食べて言うのです。
『ふたたびこれを献上せよ。もしできないならば、罪とする』
しかし、ふたたび見つける方法はありません。それで泣いていたのです」
人は言いました。
「私は竜王です。昨日の果物は私のものです。王が欲しいというなら、これを一駄(一頭の馬がかつげるほど)差し上げます。そのかわり、私に仏法を聞かせてください」
竜王はたちまち果物一駄を用意しました。
「もし仏法を聞かせないならば、今日より七日以内に、この国を海に変えます」

竜図(葛飾北斎)

宮守は国王にこの果物を献上し、ことの次第を申し上げました。王はもちろん、大臣もとても驚き、騒然としました。
「昔より今に至るまで、わが国では仏法というものが行われたことはない。見たことも聞いたこともない。国内はむろんのこと、国外でも仏法を知ている者があるならば、教えてほしい」
広く尋ねましたが、「仏法を知っている」という者はありませんでした。

一人の老人が呼ばれました。年齢はすでに百二十余歳です。彼に尋ねました。
「おまえはずいぶん年老いている。仏法というものを聞いたことはないか」
老人は答えました。
「見たことも聞いたこともございません。ただ。私の祖父が言っていました。
『小さいころに、世に仏法というものがあると聞いた』
また、私の家には不思議なことがあります。光を放つ柱が一本、立っているのです。昔、仏法があったころに立てられた柱だと伝えられています」

王はこれを聞くとおおいに喜び、その柱を取り寄せました。柱を壊して見ると、中に二行の文がありました。八斎戒の文だったと伝えられています。王はこれを仏法だと信じ、柱を仰ぎました。光はいよいよ十方に満ち、人々をてらし続けました。

竜王も喜びました。このときより、この国に仏法がはじまり、国は栄えました。国は平和であり、民は穏やかに、世は豊かであったと伝えられています。

【原文】

巻5第16話 天竺国王好美菓又与美菓語 第十六
今昔物語集 巻5第16話 天竺国王好美菓又与美菓語 第十六 今昔、天竺に国王御けり。常に美菓を好て興じ給けり。其の時に、一人の人有り。宮を守る者也。其の人、池の辺にして、一の菓子(このみ)を見付て、此れを取て、「国王の興じ給ふ物也」と知て、国王に奉れり。

【翻訳】
西村由紀子
【校正】
西村由紀子・草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
西村由紀子

八斎戒とは在家信者に与えられた戒律。

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