巻1第5話 悉達太子於山苦行語 第五
今は昔、悉達太子は出家して、跋伽(ばか)仙人の苦行林に入りました。仙人は太子を迎え、深く敬って言いました。
「多くの仙人には威光というものがありません。だからこそあなたをお迎えしたいと思ったのです」
太子は苦行林の修行者たちをごらんになりました。ある者は草を衣としており、またある者は水や火のそばに生活しています。
この様子を見て、太子は跋伽仙人に問いました。
「何を求めてこのような苦しい修行をしているのですか」
仙人は答えました。
「彼らは苦行を修することによって、天上に生まれたいと願っているのです」
太子は思いました。
「彼らは苦行をしていても、悟りへの道を願っているのではない。私はここにいるべきではない。ここを去ろう」
修行者たちが言いました。
「もしここを去るのでしたら、ここから北に向かいなさい。阿羅邏(あらら)と迦蘭(からん)という大仙人がいます。彼らのもとに行きなさい」
一方、車匿は太子の愛馬をひいて城に戻りました。城の人々が摩訶波闍(まかはじゃ、乳母にして父の後妻、母の妹)および耶輸陀羅(やそだら、妻)にこれを伝えます。
「車匿と馬だけが帰りました(太子は帰りません)」
乳母はこれを聞き、泣きながら王に申しあげました。
王は気を失い、倒れてしまいました。しばらくすると気がついて、大臣たちに太子を探すよう命じました。さらに、千の車にたくさんの豪華な食べ物を積んで、太子に送るよう命じました。
「決してひもじい思いをさせてはならぬ」
車匿は太子のもとに参り、これらの豪華な食べ物を献上しましたが、太子は受け取ろうとはしませんでした。千の車はそのまま王のもとに返されました。
車匿はひとり太子のもとにとどまり、朝に暮れにお仕えして、決して離れませんでした。
(巻一第五話②に続く)
【原文】
【翻訳】
草野真一
【校正】
草野真一
【協力】
草野真一
【解説】
草野真一
苦行にはさまざまなものがある。ここでは「水や火のそばで生活する」と婉曲に表現されているが、片腕をあげっぱなし、片足で立ちっぱなし、複数の針で身体を刺す、茨の上に座り続ける、氷上を裸体で生活する……いずれも、肉体を傷つける、もしくは責めさいなむことによりなんらかの験を得ようとするものである。
釈尊はこれを否定したわけだが、カンチガイしてほしくないのは、修行そのものを否定したわけではないということだ。のちに彼は「中道」が望ましいと語ることになる。誤解を恐れずかみくだいて言えば「ほどほどにしなさい」ということだ。
これについては、また稿を改めよう。
以前、インドに行けば今でも釈迦が見たのと同じ修行者/出家者のコミューンを見ることができると述べた。同じように、今でも苦行者はいます。ただし、本気でやってる人は街中にはいないだろうね。
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