巻十一第三十八話 観音より子をさずかった夫婦の話

巻十一(全)

巻11第38話 義淵僧正始造龍蓋寺語 第卅八

今は昔、天智天皇の御代に、義淵僧正という人がありました。俗姓は阿刀の氏。化生(人ならぬ者)の人です。

父母は大和国高市の郡(奈良県高市郡)の天津守の郷に長いこと住んでいましたが、子がありませんでした。それを歎き、長年観音に祈っていました。
ある夜、家の後ろで児が泣く声を聞こえました。あやしんで出て見ると、柴の垣の上に、白い布にくるまれた者がありました。こうばしく香が薫っていました。夫妻はおそろしく思いましたが、柴垣から取り下して見ると、端正美麗な男の子が白布の中にありました。生まれたばかりのようでした。

夫妻は共に思いました。
「これは私たちが子を願い、長く観音に祈っていたから給わったのだ」
喜んで家の内に入ると、狭い家の内にかぐわしい香が満ちました。
子はみるみるうちに大きく成長しました。天皇はこれを聞いて、召し取って養いました。

ところが、この子は心に智りがありました。法の道を悟っていました。やがて頭を剃り、法師となって、興福寺の僧として、大宝三年(703年)僧正になりました。家の場所に伽藍を建て、如意輪観音を安置しました。今の龍蓋寺とはこれです。

塑造如意輪観世音菩薩 (龍蓋寺)

霊験あらたかで、多くの人がこぞって詣でました。願い求めるところを祈請すれば、かならず効験があると語り伝えられています。

【原文】

巻11第38話 義淵僧正始造龍蓋寺語 第卅八
今昔物語集 巻11第38話 義淵僧正始造龍蓋寺語 第卅八 今昔、天智天皇の御代に、義淵僧正と云ふ人在ましけり。俗姓は阿刀の氏。是化生の人也。 初め、其の父母、大和国高市の郡の天津守の郷に住て、年来を経るに、子無きに依て、其の事を歎て、年来観音に祈り申す間に、夜る聞けば、後の方に児の泣く音有り。是を怪むで、出て見る...

【翻訳】 柴崎陽子

【校正】 柴崎陽子・草野真一

龍蓋寺(岡寺)

巻十一第三十七話 龍門寺を建てた話(欠話)
巻11第37話 □始建龍門寺語 第卅七(欠文) 【解説】草野真一 吉野の龍門山は古くから神仙境とされ、女の色香に惑って能力を失った久米仙人は龍門寺で修行している(巻11第24話)。 一時は数々の堂宇を備えた大寺として栄えたが、次第に勢力...

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